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春はあっという間に手からこぼれ落ちていく

桜の季節が終わった夜の上野公園は、お花見のときの人混みが嘘かのようにひっそりとしていた。人も少なく、美術館だけが明るい。静かな上野公園もいいな、と思いながら国立西洋美術館に向かう。

ひっそりと暗い闇の中、ロダンの≪地獄の門≫が煌々と光に照らされていた。

夜に見る彫刻は、不気味なほどの美しさを放っている。

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4月も気が付けばものすごい速さで駆け抜けていった。ふと周りを見渡すと桜は散り、新緑の季節だ。春はあっという間に手からこぼれ落ちていく。

メンバーが変わり、組織体制が変わり、大きく仕事内容は変わっていないものの、後輩の教育や自分の仕事や色んなことに何だかんだ追われて、気が付けば4月も半分が終わっていた。

私はわりと限界までストレスを溜め込んでしまう性格なので、最近は無理せず人に仕事を頼むこと、後輩にどんどん仕事を振ること、何でもかんでも引き受けすぎないことを心がけている。

社会人生活もだいぶ長くなってきて、ようやく自分の性格との付き合い方が少しずつ分かってきたような、まだまだなような。新卒の頃の神経を尖らせているようなピリピリした感じで働くことはなくなり、少しは周りのことが見えてきている、気がする。とともに、かつての自分があまりにも自分のことだけで精一杯だったなぁと情けなくもある。

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国立西洋美術館は、2016年に国立西洋美術館を構成資産に含む「ル・コルビュジエの建築作品―近代建築運動への顕著な貢献―」が世界遺産登録されたことで有名な美術館である。

企画展ももちろん素晴らしいのだけれど、私が何より好きなのはおよそ6000点もの作品から選ばれた作品が展示されている常設展。企画展より人が少なく、広々とした展示室内でルネサンス、バロック美術からドガ、モネ、マネ、ルノワール、ピカソなど幅広い作品を見ることができる。

国立西洋美術館は、金・土曜日は20時まで夜間開館をしているので、その時間にゆっくりと常設展を眺めることが上野でのお気に入りの過ごし方だった。

昨年まで1年半ほどリニューアル工事を行っていたので、久しぶりに常設展へ足を伸ばした。

高校生以下は無料だからか、高校生がちらほらと絵に夢中になっていて、ちょっと羨ましい気持ちになる。これだけの数の名画に若いときから触れることができるってとても貴重だ。そして、友達と絵を見たときの感動を共有できるって素敵。

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心が動く瞬間、というものがある。
美しい景色を見たとき、素晴らしい音楽を聴いたとき、映画で感動したとき、心の琴線に触れる文章を読んだとき、夫や友人と心動く体験をしたとき。絵の前で思わず呆然としてしまうような瞬間。気が付いたら涙が止まらなくなってしまっている映画。

先日、よく晴れた日の昼間に青空と、青々とした木々に囲まれていたとき、ふわっと風が吹いて、木々がさあっと音を立てた瞬間があった。その瞬間、その光景の美しさにはっと心が奪われた。

朝、毎日同じような時間に起き、仕事をし、帰宅して、家事をして寝る。もう何年も同じような生活を続けている。心穏やかな生活が嬉しい一方で、何となく「あれ、最近あまり心が揺れ動いていない気がする」と思うときがある。

でも、大抵そんなときはただ、自分の心が鈍感になってしまっているだけだったりする。

私が本を読んだり、映画を観たり、アートに触れているとき、「自分の心を柔らかくほぐしてあげている」ような感覚になる。

もっともっと、この世の美しいものごとに心を動かすことができるように。そんな気持ちなんだと思う。

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西洋美術館の常設展に通うようになってから、ずっと好きな絵のひとつがルーベンスの≪眠る二人の子供≫。

ルーベンス ≪眠る二人の子供≫

ルーベンスは17世紀フランドル美術を代表する大芸術家。この絵は、画家の兄の子どもたちを描いたといわれている。無防備に、気持ちよさそうに眠っている子どもたちの絵から、この光景を見つめる画家の幸せな気持ちが手に取るように分かり、見るたびに幸せな気持ちになる作品である。

マリー=ガブリエル・ガベの≪自画像≫も毎回見つめてしまう大好きな絵。肖像画の名手だったというマリー=ガブリエル・ガベ。ペンを持ち、凛とした自信に満ちた表情で私を見つめてくる。こんなにも美しい自画像はあまり見たことがない。

マリー=ガブリエル・ガベ ≪自画像≫

今回、初めて目にしてはっと惹かれた作品は、エミール=オーギュスト・カロリュス=デュランの≪母と子(フェドー夫人と子供たち)≫という絵である。

エミール=オーギュスト・カロリュス=デュラン ≪母と子(フェドー夫人と子供たち)≫

大きなキャンパスに描かれているのは、カロリュス=デュランの娘のその子供たち。黒の綺麗なドレスを身にまとって微笑む母と一輪の花を手に持つ娘、そして母の顔を見上げている息子。娘の服と花の色と対照的な母の黒のドレスと胸元の赤いバラ。娘の足元には花びらが落ちていて、まるでこの子供時代はすぐに終わってしまうことを表しているよう。子供たちが自由に振舞っているように見えるのもまたこの絵の魅力である。

そして、この後はドガやモネ、ルノワールなどの名作が続く。何度見ても光加減が美しく、大好きな作品たち。

エドガー・ドガ ≪舞台袖の3人の踊り子≫
クロード・モネ ≪舟遊び≫
クロード・モネ ≪並木道(サン=シメオン農場の道)≫

この絵を見たとき、「あ、夏の光だ。」と思った。
夏独特の、木々の間から差し込む光。私が大好きな夏の光景。
その光を1864年にモネが美しいと思い、こうして絵に残していることがとても嬉しい。

クロード・モネ ≪睡蓮≫

美術館を後にするとき、いつもなんだかまた新しい世界を覗いたような気分になる。心がほぐれて、また美しいものを美しいと思える、そんな自分で良かった、と安心する。

今日もまた、これから出会うであろう絵たちに心を躍らせていく。





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