見出し画像

【短編小説】クエンさんとニュウさん

1:

あまり友達は多い方ではない。別にコミュニケーションをとるのが苦手というわけじゃないけれど、クラスの全員と仲が良いわけではないし、それは私に限らず、みんなそうだと思う。
自信をもっていえるのは、クエンさんは友達、いや親友だ。
席替えで、私の前の席にクエンさんが来た。それが話をすることになったきっかけで、聞いてる音楽の好みが、冗談みたいに一致して、それでグッと距離が近くなった。
クエンさんの魅力を一言で伝えるならば、一緒にいるだけで癒されるという点に尽きる。月曜日なんかは、休み明けということもあり、学校なんかだるくてしょうがないんだけど、クエンさんの顔を見たとたん、だるさは吹っ飛ぶ。
球技大会とか、私は決して運動が苦手なわけではないが、かったるいから大キライなのだけど、クエンさんと同じチームになったりすると、かったるさより、絶対に勝って、クエンさんの笑顔が見たくなる。
クエンさんも元気な私を見るのが好きだっていってた。
彼女とは社会人になった今も、友達だ。


2:

社会は厳しい。仕事は厳しい。お金をもらっているのだから、甘くはないのはよくわかっているし、そういう厳しさって、実は嫌いじゃない。でも、あまりにも成果しか見てもらえないと、やっぱり疑問は生じる。
最近になって、転職しようかな、なんて考えてしまう時もある。その原因は、ニュウさんだ。
ニュウさんは、最近本社から異動で、支社にやってきた男性社員。本社からよりにもよってこんな地方の支社に異動になったのだから、なんかやらかしたって誰もが噂してた。ところが全然違った。本社の物凄く偉い人のお気に入りで、成績の悪い我が支社を立て直すためにやって来たそうだ。
だから物凄くめんどくさい。あらゆることに口を出してくる。とにかく口を開けば成果、成果と私たちを煽ってくる。人を部品か何かとしか思っていないのだ。私より三つ年上なだけなのに、偉そうな上から目線。支社長はじめ、男性社員もニュウさんの前では萎縮してしまう。偉い人のお気に入りだから、「触らぬ神に祟りなし」なのだ。

この間、ある事件が起きた。赤ちゃんができた女性社員がいて、育児休暇を取得しようとしたところ、「取るのは勝手だけど、戻ってきても居場所はないと思ってね」ってニュウさんに言われたんだって。
信じられないよ。偉い人のお気に入りかどうか知らないけど、育児休暇のことなんて、アンタに権限ないでしょ。勘違いも甚だしい。全女性社員、敵にまわしたね。
「あんな人と同じ職場はイヤ。もう辞めたい」なんていい出す人もいて、職場の雰囲気は最悪。
心の底から疲れるよ。
こんな時は、クエンさんに会おう、久々に一緒に食事しようと思い、連絡をした。
彼女は快くOKしてくれた。


3:
「その人に興味ある、ねぇ、紹介してくれない」
私は耳を疑った。
ニュウさんのことを話したら、クエンさんが彼に会いたいというのである。
しかも、
「多分、ニュウさんとは気が合うと思う」
マジか?
クエンさんと恋バナをしたことはあまりないのだけれど、もう長い付き合いだから、ニュウさんとは絶対に合わない、と思う。というかニュウさんと相性がバッチリなんて人、この世にいるのだろうか?
クエンさんには、優しくて、包容力のある人がふさわしい。悪いけど紹介なんてできないよ。やんわり断ろう、と思い、そのきっかけを作ろうとして
「何? ニュウさんに説教でもしてくれるの?」
と、とぼけてみる私に、
「ニュウさんを癒してあげたいの」
と天使のような微笑みを返してきた。
こうなると、もう、断れない。
まあ、まだ、希望はある。ニュウさんには話をしてみるが、多分あの男、そういうのは興味ないとかいってくるに違いない。


4:
「初めまして、ニュウです」
「初めまして、クエンと申します」
初対面のはずなのに、この二人、ベストマッチだ。
ニュウさんに話をしたところ、快諾されてしまい、こうして私が付き添い、まずは食事、という運びとなったのだが、こうしてみると、実に良い。
ニュウさんなんか、柔和な笑顔を絶やさない。いつものめんどくささ、人を見下す、あの態度が全く消え失せている。
それから、クエンさん、恋する乙女の顔になっている。親友の私でさえ初めて見る表情だ。
会話もスムーズに進んでいる。

私、美術館巡りとか好きなんです。
あ、僕もです(ホントかよ)
今、上野でやってますよね。
ああ、印象派でしょ。
よかったら一緒にいきません
喜んで。

フォローするために、と同席したのだが、私は必要なかったかも。
なんか、連絡先交換してるよ。
クエンさんの笑顔を見ていると、これでよかったのかな、と思う。
あとは、若い二人に任せましょ。


5:
結婚することになった、とクエンさんから報告があったのは、それからちょうど一年後。
満面の笑顔を浮かべるクエンさん。
クエンさんって、ちょっと自分を犠牲にする傾向があるから、我慢しているんじゃないかと思ったときもあったんだ。ニュウさんを癒すために無理してるんじゃないかと、ちょっと心配していた。
でも、すべて杞憂だったとわかった。
そのときのクエンさんの笑顔、嘘偽りのない本当の笑顔。
我慢なんかしてたら、あんな笑顔できない。
だから、心の底から「おめでとう」ということができた。
ニュウさんも別人かというくらい変わった。
物腰の柔らかい、笑顔を絶やさない人になった。おかげで支社全体のモチベーションも上がったよ。
私も仕事をするのが楽しくなってきた。めでたし、めでたし。

(終)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?