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【短編小説】 透視女子(前編)

1:

「人質は奥の部屋」
早見綾乃はやみあやのが指示する。
「拘束されているけど、無事」
綾乃は警察車両の中にいた。目を瞑っている。目を瞑らなくても透視できるが、このほうが「仕事をしているよう」に見える。
奥野浩司おくのこうじが隣の警察特殊部隊隊員に目配せする。隊員が出ていくと、外が騒がしくなった。
綾乃は目を開けると、奥野が差し出した紙コップを受け取り、一口飲んだ。
「ご協力感謝します」
「これで解決ですか?」
「未来を見ることはできないのですか? 早見さん」
「試したことはなくって」
「あとは特殊部隊に任せます。人質の位置が分かれば、彼らがなんとかしてくれる」
二人とも車外へ出た。
「部下が送ります」
「忙しいんじゃありませんか? タクシーを呼びますから」
「それぐらいさせてください。無償で協力いただいているんですから」
奥野は車の後部座席のドアを開け、笑顔を作る。
早見綾乃は笑顔を返すと、車に乗り込んだ。

男は野次馬を装い、女の写真をスマートフォンに収めた。まわりの野次馬もスマートフォンを操作しているから、咎められることはない。
——オレはやはりカスタムになのだ。
男は微笑んだが、それも一瞬のことで、すぐに無表情にもどると、現場から立ち去った。

2:

「ええっ、じゃあワタシ彼と付き合うことができちゃうんですか?」
「いわずもがな、でございます」
——  一年、もたないけどね、でも嘘ではないし。
早見綾乃はにっこりと笑顔を向ける。
客の女は、大満足で帰っていった。
綾乃は時計を見る、もうすぐ昼になる。あとは夕方、学校終わりの女子高生が何人か、来る程度だろう。
綾乃は「休憩中です」の札を置くと、立ち上がった。
『霊視占い:AYANO』と書かれたプレートを一瞥し、綾野はため息をつく。
ショッピングセンター『ジョイタウン 西真浜にししんはま』。二階にあるゲームコーナーと、1000円カット店に挟まれたスペースに設置された、占いコーナーで水、木、土、日の週四回の霊視占いが綾乃の主たる収入源だったが、はっきりいって稼げない。
それでも生活できているのは、実家が裕福なおかげだが、それはそれで別の苦労もあるのだ。
今日もファストフードかな、などと考えていると、スマートフォンがブルッた。メッセージが一件。
熊耳さん、からだった。
話したいことがあるから、と近くのレストランを待ち合わせ場所に指定していた。
—— やった、奢りだ。

そのレストランは、営業中にもかかわらず、料金が高額なためか、客の姿はまばらだった。ウェイターは綾乃を見ると、奥の個室に案内した。
熊耳淑子くまみみとしこがワイングラスを片手に、くつろいでいる。
「まあ、綾乃ちゃん、元気そうね」
——この間、会ったばかりじゃん
「まあ座りなさいな」
綾乃が席に着くと。完璧なタイミングでウェイターがやってきて、ワイングラスに赤ワインをついで、出ていった。
「また、依頼ですか?」
綾乃が口火を切った。ちなみに綾乃はワインはたしなまない。
「奥野さんから、お家のほうに、正式なお礼がありましたよ」
熊耳さんは早見家のことを『お家』とよぶ、彼女は代々早見家に使える家系の者である。噂では忍者の末裔とも呼ばれているが、真偽は定かではない。
「でも、奥様は大変心配してらっしゃいます。綾乃ちゃんは早見家の長女ですから、あまり危険な目に遭わせたくないとお考えなのです」
「でも、警察に協力する、そもそものきっかけはお母さんからの紹介で……」
「そうですね。だからこそ、そろそろ家に戻ってきなさい、ということなのでしょう」
「断ります」
「そういうと思っていました」
熊耳さんはワインを一口飲んだ。
手持ち無沙汰になった綾乃もワイングラスを手にした。
—— これワインじゃない
グラスの中身はブドウジュースだった。
熊耳さんがニヤニヤしながら見ている。
「では、奥様には伝えておきましょう。それと奥野さんから新たな協力依頼があったので、話を聞いてあげてください」
「分かりました」
「以上です」
まるでタイミングをはかっていたかのように、ウエイターが入室し、ランチが運ばれてきた。


3:

奥野の新たな協力依頼とは、東京都内で発生している、連続殺人事件についてだった。ここ三ヶ月間に四人も殺害に遭っていた。被害者は全員女性である。三人目が被害に遭ったとき、現場に残されていたニット帽が唯一の手がかりだが、未だ有力な情報は得られていない。
会議室には綾乃と奥野、そして奥野の部下がひとり、居た。テーブルの上にはニット帽が置いてある。
「触ってもいいですか?」
奥野が許可し、綾乃はニット帽を顔の前に持っていった。
しばらくそのままだったが、やがて綾乃は
「今回は協力できません」と、ニット帽を元に戻した。
「どうかしましたか?」
綾乃は無言のままだ。
奥野は「ちょっと、席を外してくれ」と部下に指示する。
部下は素直に従った。

二十分ほどが経過し、様子を伺うため部下が戻ってくると、会議室のドアは開いていた。綾乃と奥野がドアの前で話をしていたが、綾乃は上着を着て荷物も持っているから、もう帰るのだろう。
綾乃が去るのを待って、部下は奥野に声をかけた。
「今回は協力してもらえないんですか?」
「そうらしい」
「ああいう力って、調子悪いときもあるんですかね」
「今回は、うまく透視できないそうだ。なんかいろいろあるらしい」
奥野は部屋の後片付けをしながらめんどくさそうに答えた。
部下は空気を読もうとしない。
「超能力で操作に協力してもらうのって、他のところでもやってることなんですか?」
「さあ、聞いたことないなあ」
「なんか、映画みたいですね」
「彼女の家は代々、超能力者の家系らしい。さらに財閥でもある。警察にもコネがあるし、政治家の知り合いもいっぱいいるらしいし」
「まじっすか」
「まあ。俺たちには縁遠い世界だな」


4:

男は自分を量産品だと思っていない。
カスタムメイドの唯一無二だと考えていて、それが人を殺す動機にもつながっている。
自分は選ばれたものであり、だから、人を殺しても良い。
そういう考えをもっている。
彼はちょっとした霊感のようなものをもっていて、それが優越感を与えているのだった。幽霊が見えるわけではないが、感じるものがあって、その『感覚』は彼を裏切ったことがなかった。
—— 人を殺しても絶対に捕まることはない。
彼の中で、何かがそう囁くのだ。
お気に入りだったニット帽を落とす、という失敗を犯したが、足がつくことはないだろう。それよりも問題は他にある
あの女だ

ある日、『感覚』が警告した。
—— ある女が邪魔をしようとしている。このままでは脅威となり得る。
『感覚』はさらに情報を教えてくれた。
どこへ行けば女に会えるか。
情報をもとに行動した結果、女と会うことができた。
場所が、武装した男たちが人質をとって、たてこもった、政府要人宅だったのは、正直驚いたが、たくさんの野次馬がいたし、男が特別目立つようなことはなく、女の写真を撮ることができたのだ。
この女もカスタムメイドのようだ。だが選ばれたものはふたりも必要ない。どうやって排除するかが問題ではあるが、焦ることはない。こちらの方が有利に進んでいる。
—— さあ、今夜もやるべきことをやろう
男は愛用のナイフを携帯すると、外へ出た。ちょうど陽が落ちつつあり、もうすぐ夜になる。

早見綾乃は自宅でテレビなどを見たり、いつもと変わらない夜を過ごしていたが、そろそろだと思い、時計を見た。
あと十数分で日付が変わる。
テレビを消し、ベッドの上で胡座をかく。座禅の姿勢にちかいポーズで腰を落ち着ける。

これは単なる興味からだった。あのとき帽子に触った瞬間、犯人の男の姿がはっきりと透視できた。彼がつながってコミュニケーションを取っているものすらはっきりと認識できる。綾乃と似たような部分もあるが、決定的な違いは邪悪さであり、男は完全にそれに汚染されてしまっている。手遅れだった。手遅れな分、綾乃より強い。力のベクトルが向いている方向が全く違うが、ちょっと近づきたくないくらい強い。だから奥野にはそう説明した。
じゃあ、なぜ透視を行おうとしているのか。
プライドもあるが……。綾乃は思った。
やはり、自分と同じような境遇をもつ者に対する興味の一言に尽きる。

集中する。
浮かんできたのは、公園。人通りが少ない。綾乃はそれを俯瞰でとらえていた。
ゆっくりと俯瞰のままで前へ進んでいく。
人影が見える。意識を集中。女だ。若い。酔っている。
女をスキャン。
合コン。目を付けた男に脈なし。つい飲み過ぎて失態。ひとりで帰る羽目になる。気持ち悪い。吐きそう。だから人気のない公園へ。
女の進行方向、右の植え込みあたりに、念が確認できる。綾乃の目に赤いドロドロとした布のようなものとして知覚できた。さらに詳しくスキャンする。
あの男だった。ナイフを持っているようだ。
—— 馬鹿な奴は尾行する。でもオレはカスタムメイドだから、待ち伏せるんだ。
男の思念を読み取った綾乃は
—— これは救いようがない
と、哀れみさえ感じた。
女は男のところまであと百五十メートル弱の距離にいる。
時間はそれほど多くない。
綾乃は知覚の範囲を広げる。
先の方に公園の出入り口があって、そこに自動販売機が設置されている。
自販機の前に男が数人たむろしているのが知覚できた。
綾乃は彼らに働きかけた。
男たちが公園に入っていった。

獲物が来た。酔っ払っているようだ。これから飛び出して女の喉を切り裂いた場合、いつもより血が多く流れるだろうか。だって、酔っ払いは血の巡りがいいんじゃなかったか。
女はかなり近づいてきている。鼻歌を歌っているようだが、実にのんきだ。
—— さて、そろそろ
男が飛び出そうとした瞬間
——やめろ、とどまれ
『感覚』が警告してきた。
と同時に、女とは反対の方向から騒がしい声が近づいてくる。
男は踏みとどまり、さらに少し頭を低くした。
大声でしゃべりながら男が三人歩いてくるのが、見えてきた。
女がちょうど男の目の前を通り過ぎていき、男の一団とすれ違う。
男のひとりが女に声をかけたが、無視された。
女は止まることなく進んでいき、男たちもそのまま進んでいった。

男は失敗したとは思わなかった。むしろ成功。自分がいかに量産品とは違うかを再認識できたからだ。
夜は長い。このまま待てばいくらでも殺しのチャンスはある。
ところが……。

男の目の前に女の姿が現れた。ベッドの上で座禅みたいな格好をして、こちらを凝視している。
——こいつが邪魔した
『感覚』が伝えてきた。
——この女に邪魔されたのか?
男のからだが瞬時に、怒りで満たされる。
選ばれた者の邪魔をした罪は重い。しばらくは放っておこうとおもっていたが、そうはいかない。
—— オレはおまえを知っているぞ
男が女をにらむ。
—— おまえを殺す、はやみあやの

綾乃は危険を感じたが、もう遅かった。
酔っ払い女が殺されることは回避できたが、男に知覚されてしまった。思っていたよりも男の力は強い。
男がこちらを知覚し、ものすごい形相でにらみつけている様子が綾乃にも映像として確認できた。
綾乃はすぐに透視をやめ、コネクトを切った。お互いがお互いを知覚し合ったのは、実際には数秒足らずだったに過ぎない。
だが綾乃は恐怖した。
—— おまえを殺す。はやみあやの
そうはっきりと聞こえたのだ。
どうして、あの男、私の名前を知っているの?

後編へ



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