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「文学」の入り口へ 〜夏目漱石「こころ」を読んで〜

※ネタバレなしでふんわり書いていきます。


川端康成、太宰治、坂口安吾、夏目漱石……

私は古い名作と呼ばれる小説は難しそうで苦手意識があった。
でも今回、夏目漱石の「こころ」を読んでイメージが変わった。

蒸し暑い八月の真ん中、心の涼を求めて夏を感じられる小説はないかとくまざわ書店をうろうろしているところ、ナツイチコーナーの横に平積みに置かれた真っ白な本と目が合った。新潮社文庫でプレミアムカバーと呼ばれる全面真っ白な装丁に、銀箔で打ち込まれた美しいタイトル。冒頭を読んで、先生と書生の「私」の鎌倉の海水浴場でのレトロで瑞々しい描写にこころ惹かれ購入した。

驚いたのは、現代の人が書いたのかと勘違いするほどの読みやすさにも関わらず、いわゆる「文学」的なものに触れることができること。それは普段あまり小説を多く読んでこなかった私にとって、初めての経験だった。

私が「良い」と思ったのは、ストーリーというよりも、ストーリーの間にあるものだった。寡黙な先生が淡々と毎日の日課のように海水浴場で泳ぐ様子は、少しシュールで面白いし、その先生をストーカーかのように毎日目で追う書生も側から見たらなんだか面白い。他にも、書生が大学で卒業論文に追われる様子は、自分もそうだったなと懐かしさを覚え、共感してくすりと笑えた。
その土地・場所の描写も良い。読んでいると大正の鎌倉の賑わいや情緒を味わうことができるし、書生になって先生の家へ通っている気分も味わうことができる。
そういう、ストーリーの間にあるものが「味わい深い」。

文体も好きだ。あらすじだけ読むと少し暗い話かと思ってしまうが、(というかあらすじにネタバレがあるので、読まないことをおすすめします)シンプルで柔らかな文体が読みやすく、心にすっと入ってくる。比喩表現はとてもシンプルだが、とても想像しやすい言葉の使い方で、言葉や語彙の勉強中の私にとって、ほう、と唸る表現が多い。

良いなと思った表現をいくつかご紹介する。

「重そうな赤い強い色をぽたぽた点じていた椿の花」

「私の眼は好事家が骨董でも掘り出す時のように背表紙の金文字を漁った」

夏目漱石「こころ」から抜粋

わかりやすい言葉のみで、万人に想像しやすい、優しさを感じる比喩。

そして、厭世的な先生の口から生まれる数々の名言も魅力的だ。

「目的物がないから動くのです。あれば落ち着けるだろうと思って動きたくなるのです」

「私は未来の侮辱を受けないために、今の尊敬を斥けたいと思うのです」

「自由と独立と己れとに充ちた現代に生まれた我々は、その犠牲としてみんなこの淋しみを味わわなくてはならないでしょう」

夏目漱石「こころ」から抜粋

(あれ、もしかして先生って、スナフキン味ある……?)

それはさておき。

夏目漱石の小説は、文学の入り口になるのかもしれない。
私の時代は、確か高校の国語の授業で「坊ちゃん」が課題図書になった記憶がある。(赤シャツ、というワードだけなぜか覚えていて内容は全く覚えていないのだけど。)
調べたところ、今年の高校三年生の教科書に「坊ちゃん」が掲載されていた。教科書を作る大人たちが、夏目漱石を載せたいと思う理由はやはり「文学」に触れさせる入門として適しているからなのかな、と。
そう、大人になって再び夏目漱石に触れた私は強く感じた。

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