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やめた!

いきなり、

...いや、ようやく自分のなかでそう言えた



とんとんと階段を降りる

台所では母が朝食の支度をしている最中だった


日の当たる明るい台所にはいつもの母の姿

リズミカルなまな板の音

毎日のルーティーンを淡々と行う背中

みそ汁のいい香り




「かあさん」



「ん? ちょっとまってね。もうすぐだから。」

まな板のリズミカルな音は続く



「俺やめるわ」



「え? なにを」



「試験」 



リズムが止まる

振り向く母

「は?...はあ~...

朝から何言いだすの...」 


(いや、包丁握ったまま振り向くのやめてよ怖いからw)

「いや だいぶ前から考えててさ」 



「もうこの子は...

で...やめてどうすんの?」


再び背を向け台所仕事を続ける母

何事が起ってもあまり動揺しないんだこの人は

いつもそこにあるあるがままをみてくれる

それが今でもありがたい




「...後回しにしていたこと再開する...」



「(ため息)...せめて試験、

もう目の前なんだから受けるだけ受けてきたら?」




「それも考えて無理やり勉強続けたよ、

受けるだけ受けるつもりだったけど、

(気落ちした期間も長かったし)

結果は目に見えてる」



「始めるときは 見つけた!って

あれだけ意気込んでたのに...

あれはなんだったのよ」



「ごめん」





たしかに、これだって思った

前々から考えてた仕事

資格も取れば将来安泰、という計算も正直あった

最初はよかったんだ

でも勉強を進めていくうちに気が付いたのは
方向性ややりたいサイズが違ったってこと

そこからだんだん違和感が大きくなっていって...

気落ちてしてしまってからどうにも浮上できない期間が長く続いた

もちろん環境を変えたり、気持ちを鼓舞したり、

わざと宣言してみたり、初心に戻ったり、たくさん試した


それに

方向性は違えど合格したらしたでたぶん俺にできることはたくさんある

そういうこともわかってた


でも

本来のやりたいことの足を引っ張ることにもつながっちゃうな

ってのもどこかで気づいてた

実際また遠回りすることになるんだよなって

また






「まーたお兄ちゃん

ぐずぐずいってんの?」



いつの間にか妹も降りてきていた



テーブルの上にあるきゅうりの浅漬けをぽりぽりとつまみ食い


「んーおいし!」


ついでに横にあるくし形切りのトマトもほおばりながら妹の口調は続く


「お兄ちゃんてさ、

ほんとぐずぐずしてる時あるよね

考えるだけ時間の無駄じゃん、さっさと切り替えちゃえばいいのに」


「おまえは考えなさすぎなんじゃね?それにわかっていても

少しでも可能性をさぐっ」 


俺の話はそっちのけで時計を見る妹


「あー!だめだめ、おしゃべりしてる暇なんかないんだった!

お母さんお弁当持ってくね! いってきまーす!」



妹はぱたぱたと軽やかな足音を立てていってしまった



母は背中を向けたまま顔を玄関に向けて大きな声でいう

「これ、朝ご飯は?」

  

それにこたえる妹のまっすぐ響く明るい声

「いいや、遅刻しちゃう!

こんどの夏期講習の先生きびしーんだ~。

あ、帰り遅くなるー!

友達と駅前のカフェに行く約束してんの!」



「門限にはちゃんと帰ってきなさいよ!」


「ふぁ~い」


いつもの二人のやりとり



パタン

小さな台風が外にかけていった



思いついたらすぐ行動の妹は

本当に自由奔放に生きている

おまけに門限通り帰ってきたためしもない(笑)

その日が楽しけりゃそれでいいのだそうだ




「...で、どうするの」

母は手を止めて、こちらを向いて俺にたずねた


「戻るだけだよ、後回しにしてたところに」


「そ、じゃ、今までのお金どぶに捨てんのね。

まあ独学だったからそんなに大きな金額じゃないにしても、

お金返してくれるんでしょうね(笑)」

母は意地悪っぽく笑いながらまたごはんの準備の続きに取り掛かった



☆☆☆



あ゛あ゛...

大学入ってから、なんか違うしやっぱ辞めたい。っつー子供の気持ちと、

入学金払ったのに何を寝ぼけたこと言っとるんだ、っつー親の気持ち、

両方一遍に味わうこの複雑さよ...


ああ、あかんあかん

時を戻そう(設定を戻そう)



☆☆☆



「未練はあるけど、

とにかく進めなくなったことは事実。」



「後悔しても知らないわよ。」



「うん...

たぶん後悔するとおもう。

でももう決めたから。」



「そう、じゃあ

好きにしなさい。」



「うん。」





後悔すると思う

といった自分の言葉にも驚いたが

それでも

未来がスッと開けたこの感覚は

信じられる





じめじめする暇もなく今年はさっさと梅雨が明けた

 

早速台風が近づいてきているらしい


僕にはちょうどいい嵐かもしれない
















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