ハイライト改訂版㉞

 僕達は電車を乗り継ぎ、宮野写真館のある駅に降り立った。
「ここに来るつもりだった?」
「まさか。ここにはクリスマスらしいものは何にもないから止めておいた」
「でも来ちゃったね」
「そうだね」
 他愛のない話で二人の時間が染まっていく。
 例年見てきた街並みは相変わらずクリスマスらしさは希薄で、駅前や商店街にさっきのイルミネーションとは比べ物にならない。ささやかな光で彩られてはいるものの、クリスマスよりも大晦日や正月に力を入れる姿勢が伝わってくる。この街では、クリスマスよりも年が変わる時間の方が重要で、その潔さには好感を持てた。
 普段よりも人通りの少ない大通りにいるのは、家族連れか中年以上の人ばかり。僕達のような若者の姿を見かけることはなく、なんだかおかしかった。
「なんか若い人少ないね?」
「みんな、表参道とか六本木みたいにイルミネーションが綺麗な都内の中心部の方に行ってるんじゃないかな?」
「そうかもね。でも私は、こういう雰囲気の方が好きだよ。都会の中心部は賑やか過ぎて疲れちゃう」
「僕も同感」
「えへへ」
 彼女は突然可愛らしく笑った。
「どうしたの?」
「やっぱりカズ君とは気が合うなって」
「それは僕も思った」
 ゆっくり歩く僕達の横を乗用車やタクシー、路線バスが通り過ぎていく。エンジン音やブレーキ音は、クリスマスだからといって浮き足立つことのない街にいつも以上に溶け込んでいる。
「ねぇ、カズ君聞いてもいい?」
「ん?」
 目的地までもう少しの時、彼女は話していた卒論の話を全て無視した質問を僕にぶつけた。
「コンタクトにしたんだね」
「えっ、今更?」
 思わず吹き出してしまった。駅で会った時からずっと僕がメガネをしていないことに疑問を抱いていた。誰もが最初に口に出しそうなことを今まで言わずに、今になって聞くのはなんだか意外でおかしかった。
「うん。会った時に言おうと思ったんだけど、チャンス逃しちゃった」
「僕も茜ちゃんと同じで気持ちを新たにって思ったんだ」
 物心ついた頃から掛け続けていたメガネから今まで触れたことのなかったコンタクトに変える。それは取り立てて大げさなことではないことは僕でも分かる。でも何かを変えるには、目に見える簡単な形から入らないといけなかった。
「何かあったの?」
 彼女は心配そうな表情で横顔を見つめるのを視線で感じる。敢えて顔を向けずに、返事をする。
「今年は色々あり過ぎるくらいあったから。それを忘れないようにするためだよ」
「……ゴメン、それって気持ちを新たにとは言わないんじゃないかなぁ?」
「そうかもしれない。でも変わった自分を受け入れて忘れないようにするって決めたから。多分、間違ってないと思ってる」
「なにそれ。でもなんかカズ君らしいよ」
 丁字路で僕は一度立ち止まった。ここを左に曲がれば目的地に辿り着く。しかし彼女は足を止めることなく僕を抜き去り、迷わず目的地とは違う右側へと続く道へと進んでいく。
「茜ちゃん、どこ行くの?」
「ねぇ、カズ君」
「どうしたの?」
「ちょっと迷子にならない?」
 彼女は過去に僕が言った言葉を一語一句変えない誘い文句を口にしていた。あの頃の純粋さが少しだけフラッシュバックする。彼女は凛とした表情をしているので、僕は苦笑交じりに頷き、彼女の横まで歩いた。隣になった時に何も言わずに彼女の小さな右手を僕は左手で掴んだ。そのことについて彼女は何も言わず、それどころか互いに無言のまま僕達は歩いた。沈黙がやってきたことへの恐怖感よりも、これからの展開をどうしていくかを僕は必死に探すことに頭を酷使していた。


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