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短編小説集

84
短編小説を挙げています。
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#つくるのはたのしい

ミスターいい人

ミスターいい人

「どう思う? ミスターいい人」
 いつの間にか浸透した二つ名は、僕を見事に形容している。受け入れるのに時間が掛かったのは、いい人という単語の中に組み込まれた幾つかの意味のせいだ。文字面は良いけれど、言ってしまえば蔑みに近い。
 優しいし、いい人なんだけど。
 そんな告白の断り文句は耳にタコができるほど聞いた。僕のことを傷つけないようにする彼女たちのぎこちない優しさには時差があって、時間が経つにつれ

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周波数

周波数

 家に帰ることには日付が変わっている。代わり映えのない日々を過ごしていると、感覚が麻痺してしまうことを社会人になって知った。学生時代、日付が変わる深夜の時間帯はワクワクしていた。ゴールデン番組とは異なる深夜番組、寝静まった街の景色、飲み会帰りの浮ついた足取り。どれもが同じ時間軸であると信じたくないほど、冷たくなった夜。そんなことも最近では慣れ始めている。静かで暗い雰囲気をぶち壊す明るい車内にいると

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夏空

夏空

 今日が猛暑日だとラジオで知った。スマホ一つで簡単に情報を調べることのできる昨今で、昔から存在しているツールを通して、かつ誰かの声で情報を得ることは時代錯誤のように思えた。
 窓辺の指定位置に置いたラジカセ。周波数を安定的に捉えるために伸ばしたアンテナは、少し前の携帯電話を彷彿とさせた。あの頃の携帯電話に収縮自由のアンテナが標準装備されて、笑ってしまうほど長いアンテナで電話をしている人がいた。多分

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