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BAR自宅、日曜、午後2時の缶チューハイ
なんでもいいんだけどな、と彼女はぼやく。
口には出していないけれどねこには分かってしまうのだ。
黒猫の飼い主である彼女は、日曜の午後がいっとう嫌いだ。なんせ翌日が月曜だから。カレンダー通りに五日働いて二日休む生活は、良いような悪いような、向き不向きもあるような、そんな塩梅だ。
だからいつも彼女は日曜の午後を嘆きながら過ごしている。あんまりひどいときには昼間っから楽しくもないお酒を飲んで誤魔化している。今日はそんな気分のようだ。
もうなんでもいいからお酒が飲みたい。無理やりでも気分を上げたい。
テーブルに突っ伏した背中から声にならない言葉を聞き取る。
今日の黒猫はベッドの中に納まったまま落ち着かない飼い主を見ていた。
ねこは知っている。冷蔵庫の中に缶チューハイが一本だけ残っていることを。そしてそれは、実は友人に飲んでほしくて取ってある最後の一本だということを。
彼女は普段、あまり缶のお酒を飲まない。身体に合わないことがあるからだ。でもその缶チューハイは甘くて美味しくて、彼女以上にお酒に弱い友人にも勧められるだろうからと取ってあるものなのだ。
今、彼女はたぶんそれを飲んでしまおうかと迷っている。
午後二時。ゆるやかな落下感。
好みのお酒を買うために外に出るのも億劫な、社会人の嘆きだった。
バーには黒猫がいる。
テーブルの向こう側に座る、真っ黒ツヤツヤの毛並みと金色の目、くたくたのやわらかい体が自慢の、ねこが。
今日は少しだけ様子が違うが、これもまあ、ままあることだ。
気楽に飲んで、気楽に食べて、気楽なまま終えられるのがバー自宅のいいところだ。しかし今日はどちらかというと寂れた居酒屋の体である。飲んでもないのにテーブルに潰れた客がひとりいるだけの、音楽もない小さな間取り。車の行き来する音だけがよく聞こえる。
彼女はぐずぐずとクダを巻いて、友人のためのお酒を飲んでしまおうか、それとも部屋着に上着でも羽織って新しいお酒とおつまみを買いに行こうか何分も悩んでいる。不毛な時間だけれど、ねこには発言権はない。なんせ今はバーの開店時間ではないから。マスターの仕事もお休み中だ。
夜、ちょっとうきうきしながらお酒を用意しているときの彼女は立派なバーメイドなのだけど、日曜はてんでだめになってしまうのだ。
うーん、うーん、と足をじたばたさせていた彼女だったが、不意にがばりと顔を上げた。
「……消費期限いつだっけ?」
アルコールといえど期限はある。
そういえば彼のチューハイは昨年買ったものではなかったか。バッと立ち上がりキッチンへ駆け込む飼い主を黒猫はベッドから眺めていた。
「ああー……来月だぁ……」
嘆く声が小さく聞こえた。
友人を家に呼ぶ予定は今のところない。お酒を飲むとしたら泊りになるはずで、今月も来月もそんな時間も空いていなかった。まさか期限切れのものを他人に飲ませるわけにはいかないではないか。
彼女はがっかりしたような、でもちょっぴり安堵したような、複雑な面持ちでよく冷えた缶チューハイを手に戻ってきた。
ベッドに収められたままだった黒猫を引っ張り出し、テーブルの向かい、いつもの位置に座らせる。
今日は日の高いうちから、「居酒屋・自宅」が開店するようだ。
となればねこの役割はなんだろう。マスターではないから、大将とでも名乗ればいいのだろうか。店長だろうか。
ともかく彼女は、パキュ、と音を立てて缶のプルタブを開いた。
「残念な休日に乾杯……!」
やけくそ気味に缶を振り上げてからグッと飲む。
ごく、ごくっと一気に飲んでしまうのを、ねこはハラハラして見守った。
安いアルコールではすぐ気持ち悪くなってしまうというのに、度数が低いからといって彼女はいつも缶チューハイをこんなふうに飲む。外の居酒屋の薄いアルコールも同じように飲んでいるのだろう。
だから悪酔いするんだよ。
お水もちゃんと飲むんだよ。
聞こえないと知っているけれど、ねこは毎回、声をかけた。
残念な休日、気分転換のはずのお酒でもっと残念なことになったら絶対に後悔するじゃないか。
マスター、もとい大将の気持ちを知らず、飼い主は昼酒を飲むひとりの客になって今日も部屋を居酒屋にする。
ここは週末開店の居酒屋、自宅。
大将は真っ黒猫のぬいぐるみ。
ゆるゆると時間は過ぎて午後三時。たった一杯きりの居酒屋はあっという間に品切れだ。お客は物足りなさに呻いているが何はともあれ閉店時間。
今週も、どうにかゆっくり、頑張りましょう。
缶チューハイ
スーパーではビールの次にたくさん置いてあるお酒。
味も様々だし、季節限定とかもあってちょっとわくわくするお酒。
気軽に買えて良いけれど度が低すぎてあまり酔えないので、作者はちょっと物足りない気がするのです。
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