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『スーツ=軍服!?』(改訂版)第47回

『スーツ=軍服!?』(改訂版)連載47回 辻元よしふみ、辻元玲子

肩章の長い来歴とは

トレンチ・コートの説明で取り上げた「肩章」というアイテムだが、一口に肩章と言っても、西欧の服飾史の中で来歴をたどれば長い話である。
西欧の軍人の階級というものは十六世紀末から十九世紀にかけて、徐々に出来上がったものだ、ということをまず押さえておきたい。日本のように、明治時代に西欧の軍隊を参考にして、一度にすべての階級システムを整備した軍隊とは違うのである。
同時進行で、グスタヴ・アドルフ王のスウェーデン軍以後、部隊ごとのユニフォーム着用も徐々に定着していく。日本で言えば戦国末から江戸時代の初期の話である。
階級と組織が定まり、制服が定着するにつれて、着用者の身分を明らかにする必要が出てきた。こうして、軍人の階級を示すインシグニア(徽章)として定着したファッションアイテムが肩章である。
が、日本語で「肩章」という肩の飾りも、欧米では二種類ある。トレンチ・コートやブルゾンの肩にある小さなボタン留めの帯は、ショルダー・ストラップである。
こうしたショルダー・ストラップは早くもルイ十四時代の軍隊の制服に見られるものの、その後はあまり普及せず、十九世紀後半になって、主に野戦用の略式の仕様として広まったものだ。
一方、十九世紀半ばまでは、古風な、肩のラインから大きくせり出した先端部に、金モールや銀モールの房が下がった派手な「正肩章」が正式であった。今でもパレードや特別な儀式の礼服では見られる。王様の写真や、ナポレオンの肖像画というと必ず肩に輝いている、あの華麗な正肩章はエポレット(epaulette)という。フランス軍は王政時代の一七五九年にエポレットを将校用の階級章として使用し始め、それが瞬く間に世界に普及したのだった。

「小さな肩」を頼もしく見せたい

フランス語で「小さな肩」というのがエポレットの語源である(なお、フランス語ではブラジャーの肩ヒモなどもエポレットと呼ぶ。肩を意味するエポールが転じたものだ)。
小さな肩を大きくせり出させることで、肩幅のある頼もしい逆三角形の体型に見せるための工夫であった。戦場では、戦士たる者、なめられてしまっては命取り、少しでも強そうに見せる必要がある。
これにもまた前身があって、軍服の時代より前、騎士たちが身につけたプレート・アーマー(甲冑)の肩から鋭くつきだした部品がそもそもエポレットと呼ばれていた。そして、十六世紀いっぱいまで紳士の正装であったダブレットの肩にも、鎧をまねて肩から張り出しが設けられ、同じくエポレットと呼ばれた。
ということで、古くから男たちは肩怒らせて胸を張り、身構えてきたのである。実は紳士服の歴史をたどると、非常に肩を怒らせた逆三角形のシェープが流行る時代がしばしばあった。逆に、むしろ「なで肩」にして、華奢な印象をもてはやす時代もあった。
二十一世紀初めのスーツ・ファッションは、肩のパッドを薄く、副資材を省く仕立てが流行る時代だったが、二〇二〇年代になって、再び肩にパッドを入れたようなシルエットが復権してきた。いずれにしても、根本的には着用者を姿勢が良く見せる補正機能が必要で、テーラーたちはそのためにありとあらゆる工夫を凝らしているのである。

英国が生んだ数々の防寒衣料

これまで見てきたコートの多くが英国発祥だが、防寒用の衣服と言えば、英国には、ほかにも温かい衣服のブランドやアイテムがたくさんある。今のような紳士服の先導をした国であると共に、北海道より北の緯度にある、基本的にかなり寒い国だからでもある。
ここで取り上げておきたいのが、トレンチ・コートをシングルにして、単純な折り襟(ギリー・カラー=狩猟襟)にし、多くの場合、肩章や袖口のストラップ、ベルトなども省略したタウン用のコート。現代人が冬場に着るコートとして、最もなじみがあるのが、そんなタイプのものだろう。往年のテレビドラマ「刑事コロンボ」で、ピーター・フォーク演じる主人公が着ていたような、シンプルだが、味わいのあるコートである。
あれは実際、第一次大戦後に、戦場でトレンチ・コートを着慣れた元将校たちが、性能はそのままに、街でも着られるような手軽なコートを欲しがったのが由来とされ、英国では、そういうコート姿が流行したというスコットランドの避暑地バルマカーン(怪獣ネッシーで有名なネス湖のほど近く)の地名から「バルマカーン・コート」とか、もっと単純に「ギリー・カラー・コート」、時に「シングル・トレンチ・コート」などとも称するようだ。だが、我が国では普通「ステンカラー・コート」と呼びならわしている。和製英語なので海外では通じないが、これの語源は、スタンドカラーのコート、がなまったものだろうといわれている。
ちなみに、よくシャーロック・ホームズの姿というと思い出す、肩に大きなマントが付属したような形式のコートがある。あれは十九世紀末、実際にホームズものの小説の舞台となった時代に流行した狩猟用コートで、今、街中で実際に着ている人はあまりいないと思うが、あれの名前はインヴァネス・コートという。そして、そのインヴァネスというのもスコットランドの狩猟地の地名で、先述のバルマカーンとは近隣地であり、やはりネス湖のほとりである。
このように、英国の中でも北の地であるスコットランドは、やはり防寒衣料や生地を多く生んでいる、といえる。中でも、一八四九年にスコットランドで創業したバーヴァーは、防水ウエアの草分けとしてよく知られている。二〇〇七年にアカデミー賞主演女優賞を獲得した映画「クィーン」で、バルモラル城近くの山中で愛車が故障し、救援を求めるエリザベス女王、というシーンで女王が羽織っているのはバーヴァーの防水ジャケットだった。
女王陛下がらみのブランドというと、比較的新しい会社が一九六九年に設立のラベンハムである。創業者のエリオット・ラベンハムは女王付きの侍従で、女王の愛馬用にキルティングのナイロン・カバーを開発。商品化されてヒットし、さらに七二年に人間用のジャケットにも手を広げ、瞬く間に普及した。まさに人馬一体となって暖を求める、というブランドなのである。


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