つむぎのつむぎ。

つむぎです。詩、短編。他には思ったことをつらつらと書きます。 もしよければ暇つぶし程度…

つむぎのつむぎ。

つむぎです。詩、短編。他には思ったことをつらつらと書きます。 もしよければ暇つぶし程度にどうぞ。

最近の記事

懐胎

 とぷり。と、沈む音が聴こえた。  水に鼓膜を撫でられる。耳がくぐもっている。瞼が重たい。その奥に光が見える。促されるように目を開くと、 水面に煌めくそれは視界を貫いて、頬に落ちてくる。僕は眩しさに目をきゅっと細めた。  水の中を深々と沈んでいた。息を吐けばそれは気泡となって、光源へゆらゆら昇っていく。  代わりに僕は落ちていく。光源はだんだん遠くなる。きらきらとした美しさに焦がれて手を伸ばしているうちに、足の裏に泥の感触がした。  水底だ。  泥に沈んだ足を持ち上げてみると

    • 雨水、夕暮れと海

      それは僕の知りうる限りの、最高の夕暮れだった。 世界は汚れに満ちていると思っていた。腐敗した世界に美しさなど欠片も落ちているはずは無いと思っていた。生とは辛苦であり、呼吸のひとつひとつは世界への溜息であると。人生の根幹は不運であると。 不変的な日常の中、気まぐれの散歩の中で、突如、眩むほどの美しさに出逢った。生まれてきたことの意味が、この夕暮れに凝縮されているのだと崇拝してしまう程の。 波の音が聞こえる。 雪も溶け、極寒が和らいだ季節。 駅から遠い海岸線。真昼のような人影

      • 振り返らない背中

        思い返せば最初から君とは合わなかった。 3年前。初デートの帰り道。改札の奥に消えていくその背中をずっと見ていた。君は1度も振り返らなかった。 この3年で、数え切れない程デートをした。その度に幾度も君を見送ったけれど、その1度も、君は僕を振り返らなかった。 付き合った日も。 喧嘩をした日も。 記念日も。 初めて君と寝た日さえ。 ショートヘアと笑顔の似合う女の子だった。素直で、優しくて、趣味も合う。 僕は何度も繰り返す。君を見送る改札前。 しなやかに揺れながら遠ざかるシ

        • 歳をとる毎に生きやすくなって

          また年が明けた。2023年。 20代半ばに差し掛かった。最近、本当に色々なことを忘れていくのを実感する。死にたいほど辛かった事とか、大切な人に裏切られたこととか、悪意なく裏切ってしまったこととか、もう二度と恋なんて出来ないと思う程の失恋とか。あったはずなのに、確かにあったはずなのに、どんどんぽろぽろ零れ落ちていく。 先日、久しぶりに高校時代の恩師に会った。 当時のことを憂いたら、「もうそろそろ乗り越えなさい」と励みを頂いた。 その通りかもしれない。でも先生、私、本当に乗り越

          手紙

          前略 今朝、カーテンの陽射しから冬が零れてきました。外は久しぶりによく晴れていて、部屋は冬の香りに満ちています。太陽に導かれるような目覚めです。ベランダの扉には朝露が染みていて、それをまた陽光が照らしてキラキラ輝いて。 思わず外に出て、澄んだ空気を肺に吸い込みました。路傍に名残の秋桜が咲いています。冬は好きです。冷気の中に吐く息が白んで、溶けて。それを見る度に私は、生きてるなと思うのです。人は夏こそが生命の季節だと言いますが、私は冬こそが生命の季節だと思います。 頬を撫

          ある喫茶にて。

          古びた扉を押せば、昭和の喫茶。 祖父母の家のような匂いが鼻を包み、扉を閉めれば、世界に閉じ込められる。 薔薇の花びらのような触り心地の深紅の布製ソファ、長年客人に靴裏を擦られて、模様すらあやふやになった絨毯。くすんだメニューにゆっくり流れるクラシック。くちをつけると火傷するほど熱い珈琲。 乱雑に切り分けられた具、時折根っこで繋がった玉ねぎ。ペチャっとしたケチャップナポリタン。 年老いたマスター。疑問符みたいに曲がった腰の上で、柔い笑顔。 カウンター席には常連の老いた女性客が

          ある喫茶にて。

          夢うつつ

          目を覚ますと、飛び込んできた現実が夢であるような錯覚があった。 無意識に、見た夢が現実であることを願っていた。 よろよろ起き上がって、寝ぼけ眼を擦る。ふらふら歩いて、乾いた口内に歯ブラシを突っ込む。 鏡に映る寝癖をぼおと眺める。しゃこしゃこと馴染んだ音が耳に響く。 君の夢を見たのはいつぶりだろう。 この先の長い長い人生の中で、二度と出会えない人。そんな君と出会える場所。だから眠るのが好きなのだ。眠たい。今寝たらまだ続きが見れる気がする。 あまりに鮮明だったものだから、

          炎天下、朦朧。

          麦わら帽子のつばを上げたら、視界に蒼が広がった。 一面の蒼の麓は、掴めそうな雲がもこもこ満ちている。 身体を射るような陽射し。 頭の奥が蒸発する錯覚。 くらくらするほど眩い光に、世界の実体を見せつけられる。生。暴力的なまでの、生の匂い。木々から溢れ出す、見えぬ無数の虫の叫び。凝縮された命の叫び。性の希求。 生命の季節。肉体は呼応して、汁を垂らす。麦わら帽子を支える顎元の紐は、私を吸って黄色い。口に食んで、しゃぶる。舌に塩がしみる。私が生きている味がする。 溺れそうだ。

          炎天下、朦朧。

          残り火

          耳を劈く音が響いている。 ふわりと生温い風が舞って、セミロングの髪が夜を泳ぐ。 夜空に溶ける火花。ぱらぱらとした余韻をかき消すように、次々と咲く、また咲く。 咲いては朽ちて、色を変えてまた咲いて。 ぼおと見惚れていたら、浴衣の袖をついと引かれて。見れば、貴女の瞳にも、また咲いて。 目の端を柔く垂らせば、貴女の顔もまた同じに。口角は上がって。 袖を摘む指先が伝って、私の肌に触れて。貴女の指先は私の手のひらをなぞって、弄ぶ。 その指と爪は、闇夜の中で白く光って。 花が咲く度

          帰り梅雨

          窓を叩く雨をぼうと見つめている 寄り掛かるコンクリートの硬さ 背骨までもが石になる 流れていく粒の行方を追っている 巡り巡って あの雲の向こうに行きたいと思う 光は見えず ホットコーヒーの湯気に鼻先を湿らせて 雨の匂いが濁る 跳ねた髪の毛を人差し指で弄ぶ 降ってくる雨の全てが言葉だったら 私は今にでも庭に駆け出して 恵みを全身に打ち付けるのに でも私は雲だから だらしなく言葉を落としてしまう 一つ落とせば堰を切ったように ぼたぼた、ぼたぼた、 積み上げた言葉は落ちてい

          皐月

          桜並木。花びらのアーチの中心で、翻るスカートの裾。 少女は駆けていく。 ぺたりと土に座り込み、落ちた花弁を小さな腕でかき集め、わあっと空に投げる。 舞い上がる花びらは、光を吸って、白く光って。 時間はゆっくりと、ゆっくりと流れて。 艶やかな少女の黒髪は花に塗れて。 笑っている。 桜の隙間から零れた光を、瞳で掬っている。 瞬きの度に、きらきらと。 は、と目を覚ませばカレンダーは5月。 5月6日。 新緑に呑まれ始めた庭から、小鳥がひそひそ話している。 春は後ろにいて、振り

          女は花である 夜の柔い土の上で女と対峙した時 私たちは例外なく種子となる 艶やかな花房に抱かれて 噎せるほどの芳醇な香りに酔わされて 為す術なく溺れてしまう 戦慄するほど上品に 私をまるまると呑み込んでしまう 可愛らしい花唇に包まれる 温い安心感と同時に 食虫植物に喰われるような恐ろしさに慄き 私の身体は犯されてしまうに違いないのだ 女にはそういう恐ろしさがある 蜘蛛のように私を絡め取り 1度でも捕らえたら逃がさない 花柱の管を口内に押し込められて 永遠に甘い蜜に

          おもたい

          遠く同じ空の下に、私を知ってるひとがいる。 その有り難さはずっと重くて、その重さは私を救っている。 重さに救われている。 世の中にはどうしようもないことが多すぎる。 欲しいものの全ては手に入らないし、 手放し難いものを手放さなければならない現実はこの世に幾つも存在していて、そのどれもが等しく残酷である。 眠れない夜は例外なく暗くて、欲しかった光がようやく与えられる頃には、それはもう煩わしさでしかない。 どうしようもないことが多すぎる。そのくせどうしようもなく呼吸をしている

          異端

          思い出すのは、小学校の廊下の掲示物。 絵、書道、作文。 ご丁寧に厚紙に貼られて、学校の廊下に丁寧に展示された経験は誰しもあるだろう。 私はあれが許せなかった。 特に絵と作文だ。 授業で描いた絵や作文が張り出される度、人目を盗んでこっそりと外した。 その度先生に怒られた。 「どうしてそんなことをするの?」 どうして? 絵や作文は心の描写だ。 それは、私の心そのものなのだ。 それを、無許可で廊下に張り出す。 私の意思など関係なく、不特定多数の目に晒される。 先生、友

          翠雨の幻想

          雨が降っている。 蝉時雨が止んだ頃に降り出した雨は、柔らかく森を包んでゆく。藍色に溶け込んだその匂いを吸い込んで、僕の肺も雨に染まる。 目を閉じる。雨の音が聞こえる。 納涼に浸る。僕も雨になる。 街のアスファルトは雨を弾き、森の土は雨を吸い込んでいる。夏の強い陽射しで枯渇した大地は、乾きを癒そうと、雨をぐんぐん呑み込んでいく。 僕は土の上に立っている。 それは優しい雨だった。枯れた世界への恵みのような、そんな慈悲を孕んだ雨だった。 日が暮れていく。 淑やかに降る雨に

          延命

          夜はずっと深い。きっとあのカーテンの奥に月は見えない。 秒針に襲われるような、じっとりとした現実が私の上を横たわっている。 眠れない夜だった。 長い長い夜だった。 悪夢と現実の狭間で揺れて、悪夢では誰かが、現実では秒針が嗤っている。 ようやく朝になれば、今日と同じような仕事をして、また冷たい日々を繰り返す。 大人になった日を思い出せずにいる。昔は正しく笑えていたような気がする。 温もりを欲していた。 不眠の頭はまともな思考を許さなくて、走馬灯のように人生の辛苦を撒き散