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私パンケーキだけは駄目なんだ

「この近くにさ、テレビでやってたパンケーキ屋さんあるんだけど行ってみない?」と手を繋いで一緒に歩く彼女に提案してみた。

「ごめんね、私パンケーキだけは駄目なんだ。視界に入るだけで気持ち悪くなるの」と下を向きながら言った。そんなこと気にしなくていいよ、何か嫌な思い出でもあるの?と僕は尋ねる。彼女は黙ってうなずき、話し始めた。

「小学生のとき家族で海水浴に行ったの。私は浮き輪につかまって、ゆらゆら海を漂っていた。気がつくと沖の方まで来ていた。家族がいる海岸は小さく見えた。

 戻らなきゃとバタ足すると、足に何か当たったの。後ろを振り返ると、白くて丸い物が浮いていた。手にとって調べてみると、パンケーキだったの。どこからどう見てもパンケーキだったの。

 そして、ふと気づくと、私の周りにはたくさんのパンケーキが浮いていた。パンケーキたちが私を取り囲んで、私を食べようとしているかのようだった。私は怖くなって、全力でバタ足したの。あんなにバタ足したのは、あれが最初で最後よ。

 でもね、パンケーキたちは私を追いかけてきた。だから、手も使って水を必死にかいた。少しずつパンケーキとの距離は離れていく。岸が近づいてくるとパンケーキたちは追いかけるのを諦めた。岸に着くと、私が息を切らして青白い顔をしていたから、母親がびっくりしていたわ。海の方を振り返ると、パンケーキたちは消えていたわ」

僕は驚いて思わず「それはクラゲの間違いじゃないの?」と聞いてしまう。彼女は必死に首を振る。「私もそう思おうとしたわ。でもね、あれは本当にパンケーキだったの。お店で売っている綺麗な白いふわふわのパンケーキだったの」

彼女の手は汗ばんでいた。「パンケーキが私を食べようとしたの」「僕は君を信じるよ」そう言うと、彼女は強く僕の手を握った。僕もその手を強く握り返した。

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