Kitsuny_Story
アダルトな物語を丁寧に紡いでいきます。
「君は地球人?」 僕は思わず口にしていた。 隣のベンチに座っている見知らぬ女の子に向かって。 そのとき僕は通っている大学キャンパスのベンチに座っていた。 キャンパスの奥の方に古いベンチが2つ忘れ去られたように置いてある。 その一つに僕は座っていた。人がほとんどいないから静かに過ごせるから、とても気に入っていた。 もうすぐ日が暮れる頃、気づくともう一つのベンチに見知らぬ女の子が座っていた。同い年ぐらいだと思う。前髪が目にかかり、顔がよくわからなかった。 その女の子は熱心に
今日朝起きると、知らないアドレスからメールが来ていた。 もちろん登録していないから、誰からなのか名前もわからない。 「おはよう!ちょっと頼みたいことがあるんだ。 こんなことあなたにしか頼めないから、ぜひ引き受 けてほしいな! あなたの住んでいる隣町に、観覧車があるでしょ? きっと、あなたの部屋からも見えると思う。 その観覧車に乗って、一番高いところから写真を撮ってほしいんだ。 そしてその写真を私に送ってほしい。 訳あって私は今、その観覧車に乗ることが出
「遅刻は、相手の時間を盗んでいるとの同じだから」 あのとき先輩に言われた言葉が、僕を覚醒させたのだ。 ビリヤードのように真ん中の白い玉を完璧に捉えたのだ。 そして全てのカラフルな玉たちは穴の中に真っ直ぐ落ちて行った。 僕は泥棒になりたくなかった。 ルパン三世も五右衛門も好きだけど、泥棒にはなりたくない。 そして盗まれるのはもっと嫌だ。 自分の何かを盗んだ奴は、徹底的に懲らしめなければ気が済まない。 遅刻にも事情があるのは分かっている。 事情がある遅刻と、事前に遅刻を告知
孝史は今日から新しい部署になった。 新しい配属先で与えられたデスクの横には若い女性が仕事をしていた。 女性の名前は大神真実と言った。 真実はほとんど口をきかなかった。 日中は黙々と仕事をこなし、定時にはすぐに帰って行った。 他の誰も彼女のことを詳しく知らず、真面目で寡黙な女性という認識しかなかった。 そんな中で孝史は真実のある行動に気づいた。 真実は会社に来るとカバンから1つの桃を取り出し、引き出しにしまった。 そして定時になると、また桃をカバ
関西のどこかに「北極星入口」という駅舎があるらしい。 駅のホームに立って左側を見ると、北の方角に真っ直ぐ線路が伸びている。 しかも線路は山の斜面を登っていて、まるで北の空を目指しているようだ。 夜になり星が輝き始めると、線路の直線上に北極星が重なって見える。 なるほど、「北極星入口」という名前にふさわしい。 テレビで「北極星入口」の情報を知ったとき、僕は大学生の頃を思い出す。 京王井の頭線の駅を降りてアパートまでの数分の道のり。 途中、北の方向に伸びる上り坂があった。 そ
本屋の女の子に恋をした。 街角にある小さな本屋なら童話っぽくなるのだろうけど、 今回の恋の対象は、大型書店でレジ打ちをしている女の子なのだ。 その子は白いシャツに緑のエプロンをつけて、次々の本を買う客のレジ打ちを対応していた。後ろはポニーテールにして、白い肌。黒縁のメガネが大きな瞳を強調している。 話したこともない。ただ、レジ打ちの所作が綺麗だった。 それだけで、どうしようもなく心が惹かれていた。 そのときの僕は大学生で、自分の衝動みたいなものを上手く形にする術を知らなか
キスをするとき、僕の右肘近くを左手でギュッと握る女の子がいた。 柔道の技をかける金メダリストのように僕の右肘を固定して、その子は自らの唇を差し出した。 早稲田大学の建物の裏でキスをしたときも、 丸の内のホテルのエレベーターの中でキスをしたときも(ただエレベーターに乗っただけ)、 女の子は僕の右肘をギュッと掴んだ。 肘を握られた右腕は、そのときどうしてたのだろう? キスで体を近づけていたから、彼女の腰あたりに手を回していたんだと思う。 自信を持って断言できないのは、僕の意識
深夜1時過ぎ、僕は燃えるゴミを出しに行った。 僕の部屋はマンションの二階にある。 だから、いつも階段を使って一階まで降りている。 エレベーターは、相当疲れている時と荷物が多い時以外は使わない。 階段から外に出て、ゴミ置場まで数十歩。 歩いているときに、マンションの玄関の前を通る。 その日も、ゴミ袋を持って玄関の前を通りかかった。 今は深夜の1時。いつもなら誰もいない。猫だっていない。 ただの蛍光灯の灯と、月明かりと、夜空と、コンクリートの建物だけ。 だけど、その日は別の者
孔が開き、目尻が下がる。 それによって目が大きくなったように見える。 瞳に水気も帯びてくる。 その水を、電灯の光が反射させている。 普段は横長の目を大きく丸くキラキラさせながら、彼女は僕を見ていた。 彼女の中に入りながら、僕は上から彼女を見ている。 変化した彼女の目を、僕は美しいと思った。 初めて真珠を見た人類が、その美しさに磨きをかけたいと思ったように、 僕も彼女の目をさらに美したいと思った。 痛くない?と訊ねると、痛くないと彼女は言った。 それを合図に一番奥まで入って
あるサイトで魅惑的な女性と知り合った。 今日初めて、その女性の家に行った。 彼女はチョコをくれた。 「少し遅いバレンタインデーよ」と言った。 茶色い長方形の箱の中には、チョコがかかったオレンジが慎ましく納められている。 ひと口食べると、それがとても高級なものだと分かる。僕は夢中になってチョコを食べる。 半分ほど食べたところで、体が熱くなってくる。いや、カラダの一部だけが熱を帯び始める。そこは熱くなればなるほど、急激に硬く大きくそそり始める。 「私にも食べさせて」 彼女
冬の寒空の下、私は新宿の靖国通りを歩いていた。先ほど言われた言葉を背負いながら。 「あなたの絵にはもう一つ何かが足りない。心に訴えてこないのよね。技術もしっかりしてるし配色も構図にも文句の付けようがない。だけど、絵はそれだけじゃないから」 そのもう一つ何かはどうすれば見つけられますか? 「もっと細かいことに目を配る必要があるわね」 重さも形もないそれだけの言葉が、私にはずっしりと重かった。 さっきからお腹が鳴っている。朝からほとんど何も食べていない。何か食べよう。 絵
【ヘッダー画像は@enaaa_nさんのInstagramより転載させていただきました】 私のまどろみは、矢の音で破られた。 気がつくと教室に1人取り残されていた。 みんな五限目が終わって教室を後にしてしまったのだろう。 また矢の音が鳴り響く。 この音しか聞こえなかった。 いつもなら聞こえる放課後のざわめきが、今日は音を潜めている。 矢の音に向かって、私は立ち上がり歩き始めた。 校舎の裏にある弓道場。 そこで、1人の男の子が矢を放っている。 袴姿のピンと伸びた姿勢。 弓
1. 朝の支度 朝テレビのスイッチを入れると、ニュースキャスターが「おはようございます。世界の終わりまであと七日になりました」と言う。 ある女がそれを聞いて、ある物を作り始めた。棚の奥の方から小さな石と水を取り出す。どこにでもある手のひらサイズの石と、緑色をした水だった。 2つの材料から女が作り上げたのは、シュークリームだった。見かけは普通のシュークリームだが、それはとても特別な力を持つシュークリームだった。 そう、このシュークリームこそが物語の核となる。 では主人公
出会い「ホットケーキを焼いていたところなんだ」 僕は電話口に答える。電話の相手に何しているのかと訊かれたから、ありのままを述べたのだ。 「ふーん、とても優雅な土曜日を過ごしているのね」と興味がなさそうに相手は答えた。 ホットケーキなんて10年ぶりぐらいに焼いた。ホットケーキのお店特集を3日ほど前にたまたまテレビで見てから、なんだかホットケーキを焼いてみたくなった。 直径15cmの大きさの物が4枚焼けると書かれた粉を買ってきた。1枚目を焦がしながら焼いて、2枚目は形が崩
だめだ、腹が減って頭がフラフラする。 もう何日も食べていない。 彼はイサキという魚だった。 日本の沖合に生息しており、オリーブオイルを塗ったような褐色の身体が特長だ。 イサキの彼は何日も食べ物にありつけず、海をあてもなく泳いでいた。 そんなイサキの前に小さなイカの切れ端が漂っていた。 イカはイサキの大好物だ。 イサキは勢いよくイカを口の中に放り込んだ。 イサキがイカを口に入れるのと同時に針が口の中に引っかかった。 そのままイサキは船の上に引き揚げられた。 「なかなか上等
車は狭い路地を進んでいる。一台がギリギリ通れるコンクリートの間を車は進んでいく。運転する彼女は表情一つ変えていない。むしろ助手席の僕の方がハラハラしていた。 舗装された道をしばらく進むと、いつのまにか土の道になっている。水たまりにタイヤがはまると、車は大きくバウンドした。僕は声を出して驚いて、彼女は無反応だった。 狭い路地が突然終わる。路地を抜けると、大きな道に出る。でもその道は断崖絶壁に挟まれた谷の底だった。グランドキャニオンの底と言えば伝わるだろうか。谷の真ん中