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予備校時代の思い出

 大学受験に失敗した私は、親元を離れ、S市の予備校に通っていた。寮生活であったが、人見知りだった為、殆ど友達も出来ず、1日に誰とも会話しない日も普通にあった。

 そんな生活の中で、唯一楽しみにしてたのが、6月から通い始めた市の柔道クラブ。その道場は子供から大人まで参加していて、人見知りな私でも、いろんな人と会話ができた。また、数人、女性もいて、男子校出身だった私が、久しぶりに女性と会話できる場でもあった。

 Mは、県の大会で優勝する程柔道が強く、髪をショーカットにし、ボーイシュで、可愛らしかった。予備校生の私に多少興味があったのか、良く話しかけてくれた。

 毎週決まって、Mは付き添いのおじいさんと6時10分ぐらいに道場に現れる。2時間ほど柔道の練習をし、その後、Mと私を含めた数名で、雑談するのが恒例となっていた。
 
 Mは雑談中よく私にちょっかいをかけてきた。背後から足を蹴ったりし、怒ったふりをしてみせると、「怒らない、怒らない笑」と無邪気に戯けた。

 好きになっていた。私にとって事実上初恋だったのかも知れない。幸せだった。その時間がずっと続いて欲しいと願っていた。

 しかし、幸せな時間はあっと言う間に過ぎるものである。私は大学が決まり、S市から離れることになり、道場に来ることも、この日を含めてあと2回だけとなってしまった。練習が終わり、週末Mが出場する柔道大会に応援に行くことを伝えようと、Mに近づいていったら、先にMの方から、
「○○大学に決まったんですね。おめでとうございます。」
と言ってきた。いつもは使わない敬語と、全く寂しそうじゃないことに戸惑いながら、
「あっ、ありがとう。あのさ、日曜日、暇だから、試合応援行くよ。」
と伝え、Mは来なくていいと言っていたが、「いや行くから!」と突っぱねて、いつもより早く雑談を切り上げ寮に帰った。

 奥手な私には、告白するなんてことは考えられなかった。ただ、Mが優勝したら、はっきりMの目を見て「おめでとう。」と言ってあげようと決めていた。


 試合会場の県武道館は観客席があり、私はそこから、Mを見ていた。Mは他の友達と一緒にふざけあっていたが、私に気付いているのかいないのか、なかなか私の方を見てくれなかった。

「やっぱり迷惑に思われているのかな?」と不安な気持ちに苛まれていたが、程なくして、Mはわざわざ私の方に近づいてきて、笑顔で両手を振ってくれた!私も手を振り大きな声で「頑張れよ!」と叫んだ。

 一回戦、二回戦は順当に一本勝ちをしたが、二回戦の終盤辺りから、腰に違和感があるのか、終始気にしているようだった。三回戦は勝ちはしたが、明らかに動きが鈍くなり、準決勝でMは呆気なく一本負けをしてしまった。元々腰痛持ちと聞いていたが、試合中に悪化してしまったのだろう。Mは相当ショックだったようで、ずっと泣きじゃくっていた。私が話しかけられる状態ではなかった。私はそのまま武道館を後にした。

 
 最後の練習は通常通り6時に始まったが、Mはなかなか姿を現さなかった。試合後だから来ないことも十分に考えられた。

 絶望的な気持ちに襲われて、頭や上半身の血液が、全て、下半身に落ちてしまったかのように、目眩がし、体に力が入らなくなっていた。

 7時前に漸く、おじいさんに連れられて、Mは道場にやって来た。その日は試合の報告だけで、練習はしないので遅れて来たらしい。私は舞い上がる気持ちを必死に抑えて練習を続けた。

 Mは私たちが練習を終えるのを待ってくれた。Mは敗退のショックから立ち直れたのか、スッキリした顔をしていた。私は練習中になんて声をかけようか考えていた。

 練習が終わり、何を言うのか決めかねていたが、私の方からMに近づいて行った。

 Mの目をしっかり見つめて、私はとんでもないことを言ってしまった。

「何負けんの?ダセー。」

 ただの照れ隠しか、不器用な冗談だったのかもしれない。それとも、自分の気持ちを悟らせたくないと咄嗟に思い、感情とは逆の事を言ってしまったのかもしれない。しかし、私は最後の最後で一番してはいけない事をしてしまったのだ!

 我に返り、Mの顔を恐る恐る見た。一瞬驚いた顔をしたが、すぐに怒りと悲しみが混じった表情に変わり、
「なんでそんな事を言うの?!グレてやるから!」 
と怒鳴り私を睨め付けた。そして、道場から小走りで出て行ってしまった!

「ああ、俺はなんて事を言ってしまったのだろう!なんで残念だったねって慰めの言葉を掛けてあげられなかったのだろう!なんで腰は大丈夫なのって気遣ってあげられなかったのだろう!」

 絶望的な後悔に襲われたが、私はMを追いかける事もできずに、呆然とその場に立ち尽くしていた。

 一部始終を見ていたおじいさんは、憔悴しきった私をチラッと一度見たが、何も言わずに、寂しそうな顔で出て行った。


 翌日、私は実家に帰るために、駅に向けて歩いていた。

 あの後、寮に戻り、荷造りを済ませたあと、夜通し泣いていたので、寝不足もあり足取りが重かった。

「もうMに会えないんだよな。」と思ったらまた涙が出てきて、しゃがみ込んでしまった。

 暫くしゃがみ込んでいたが、突然ある事を思いついた。

「そうだ、Mの学校に行こう、、、場所は知っているし、まだ下校時間には間に合うかもしれない。会って昨日のこと、謝ろう、、、」

 私は直ちにタクシーを捕まえて、Mの学校に向かった。

 Mの学校の近くにコンビニが有り、下校生徒は必ずそこを通らなくてはいけないので、そこで待つ事にした。

 待つ事約2時間、漸く生徒が下校し始めた。さらに待つ事30分位、Mが友達数人と歩いて来たのが確認できた!

 私はコンビニを出て、走ってMたちの前に行き、勇気を振り絞って、

「昨日は本当にごめん!」とだけ告げた。

 Mは苦笑いを浮かべて、

「大丈夫だよ。いいよ気にしなくて。」とだけ言って友達と去って行った。


 私の片思いの恋は終わった。


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