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【徹底考察】 『TENET テネット』に秘められた9つの「時間」の謎を解く。

【『TENET テネット』/クリストファー・ノーラン監督】

未だ誰も観たことのない「映画」が、ここに誕生した。

150分間に及ぶ未知の鑑賞体験を通して、既存の価値観が次々と覆され、そして、全く新しい世界へと導かれていく。『TENET』は、僕たち観客の「映画」との向き合い方を不可逆的にアップデートしてしまう恐ろしい作品だ。

たとえ、劇中で描かれる数々の現象がフィクションであると理解していても、いや、その映像がフィクションであると理解しているからこそ、スクリーンに強く引き込まれていく。現実を超越していく「映画」の可能性、その眩さに心を震わされてしまう。

「映画」を観るということ。その原初的な興奮と感動を、まさか2020年に味わえるとは思ってもいなかった。



今作は、クリストファー・ノーラン監督の作品史上、最も「難関」とされる作品である。

既視感を許さない鮮烈なシーンが、容赦なく展開されていく。特に、2つの時間の流れ、つまり「順行」と「逆行」が一つの画面内で両立するシーンは、一体何が起きているのか瞬時に理解できないものばかりだ。

しかし、ノーラン監督は、僕たち観客を信じてくれているからこそ、この極めて複雑な構成の作品を創り上げたのだろう。だからこそ僕は、一人の観客として、彼が今作に散りばめた要素を余すことなく受け取り、最大限に理解したいと思った。

今回は、この映画に秘められた9つの謎をピックアップしながら、ノーラン監督の意匠に迫っていく。僕の解釈がどこまで及んでいるかは分からないけれど、鑑賞体験の整理も兼ねて一つずつ言語化していきたい。

この記事が、あなたが『TENET』の真髄に迫る上での、何かしらの手掛かりになったら嬉しい。

※以下、映画『TENET テネット』の重要なネタバレを含んでいます。


●「逆行する時間」のメカニズムとは?

今作におけるグランドルールの一つ、それが「逆行する時間」であり、この物語に奥行きを与える最大の要素となっている。

通常、時間は「順行」、つまり、定められた一つの方向に進むとされているが、今作においては、「回転ドア」をくぐった人物は、「逆行する時間」を生きることになる。

他のSF作品に登場するタイムマシンとは異なり、今作では、一瞬にして「特定の時点」にタイムトラベルすることはできない。「回転ドア」をくぐり、「逆行する時間」を過ごした分だけ、1秒ずつ過去へ戻っていくのだ。

「回転ドア」は、もともと時間の流れに「順行」の人物がくぐると、ステータスが「逆行」に変更される。逆に、一度「回転ドア」をくぐった人物(つまり、「逆行」のステータス)が再びドアをくぐると「順行」に戻る。

この世界には複数の「回転ドア」が設置されており、劇中では、あるドアをくぐり「逆行」のステータスとなった人物が、時間を遡りながら別のドアまで移動し、「順行」のステータスに戻る、という仕掛けを何度も確認できる。(例:タリンのドアで「逆行」となった主人公たちは、時間を遡りながらオスロ空港へ移動し、空港内のドアをくぐり「順行」に戻る。)

なお、劇中では、「順行」にまつわるものは赤色、「逆行」にまつわるものは青色で描かれている。代表的な例が、「時間挟撃作戦」において、仲間同士で混乱しないために、それぞれの部隊が、赤い腕章/青い腕章を着用するシーンだ。また、オスロ空港やタリンの「回転ドア」のシーンにおいては、赤色/青色の識別を強調する演出が見られる。これは、ノーラン監督が観客の理解をサポートするために残したヒントであると言えるだろう。



●「TENET」とは、何の象徴だったのか?

映画の冒頭、あるテストをクリアした主人公(ジョン・デイビッド・ワシントン)は、新たなミッションと、その手がかりとなるキーワードを授けられる。

「All I have for you is a word : TENET」

「TENET」とは、「信条」を意味する英単語である。その解釈については様々なパターンが考えられるが、このキーワードが時間の「順行」と「逆行」の転換点である「回転ドア」を象徴していることは間違いないだろう。

この英単語は、右から読んでも左から読んでも「TENET」と読める。それは、「過去から未来」「未来から過去」という2つの時間の流れが、左右対称として両立し得ることを示している。

また、「TENET」という単語が、「SATOR AREPO TENET OPERA ROTAS(農夫のアレポ氏は馬鋤きをひいて仕事をする)」というラテン語の「回文」に用いられていることが、何よりも象徴的である。


●「アルゴリズム」とは何だったのか?

今作は、とてもシンプルに要約してしまえば、主人公たちが、いわゆるマクガフィンである「プルトニウム241(とされる物体)」を奪い合う物語である。

その物体は、映画の冒頭シーンにおいて、ロシアのオペラハウスに隠されていたが、物語の中盤において、その正体は、未来人によって造られた「アルゴリズム」のパーツの一つであることが明かされる。

「アルゴリズム」とは、未来人が造った最終兵器であり、9つに分かれたパーツを揃えて一つに繋ぎ合わせると、全ての時間の流れを「逆行」させることができる。(その目的については後述)

ここで重要な鍵を握る人物が、セイター(ケネス・ブラナー)である。ロシアの武器商人、キャット(エリザベス・デビッキ)の夫など、いくつもの顔を持つ彼の真の正体は、現在と未来の仲介人(エージェント)であった。

地図にない街「スタルスク12」の出身のセイターは、10代の頃、自らの死を覚悟しながら、核施設の跡地でプルトニウムを探す仕事に従事しており、その作業中に地中からタイムカプセルを発掘する。そこには、未来人からの「アルゴリズム」収集の依頼と契約書、そして金塊が入っていた。

このシーンから、セイターは、長い年月をかけて、それぞれの核施設から「アルゴリズム」のパーツを集めていたことが窺える。そして物語の終盤では、彼は既に、9個中8個のパーツを揃えていたことが明かされた。

なお、冒頭のオペラハウスのシーン終了時点では、「プルトニウム241(アルゴリズムの最後のパーツ)」は、警察の手にわたっており、これが中盤のカーチェイスシーンへと繋がっていく。



●「第三次世界大戦」とは何だったのか?

将来的に、地球が滅亡することを悟った未来人は、最終兵器「アルゴリズム」によって、全ての時間の流れを「逆行」させようとした。

終盤で明らかになる「未来からの大規模攻撃」の全容、それは、全ての時間を「逆行」させることで、「順行」の世界を滅ぼすことだったのだ。

通常、「回転ドア」は、少人数の人や小さな物にしか対応しておらず、世界全体のステータスを一気に変更することはできない。しかし、「アルゴリズム」によって、全ての時間を「逆行」にすれば、全ての未来人は、地球の滅亡を避け、「逆行」する世界の中で生き延びることができる。逆に、それまで「順行」の世界を生きてきた現代人は、呼吸困難に陥り一瞬にして全滅することになる。

現代人と未来人による、それぞれの存亡を懸けた「時間戦争」。それが、「第三次世界大戦」の真の構図であったのだ。

なお、物語の序盤、ある研究施設で、主人公が「逆行する時間」についてレクチャーを受ける場面で、「時間を逆行する武器」が紹介される。それらは、「第三次世界大戦」の遺物であることが示唆されている。

余談ではあるが、今作は、あくまでも「現代人」目線で語られるが、そのアナザーサイドには、「未来人」目線から語られる物語があるはずである。この映画で語られるドラマは、壮大な作品世界のごく一部を切り取ったものに過ぎないのだ。


●オスロ空港に現れた「逆行の男」の正体とは?

オスロ空港に隠されたゴヤの贋作を盗み出すべく、大型貨物機の衝突の混乱に乗じて保管庫に潜入した主人公とニール(ロバート・パティンソン)。そこで2人は、保管庫の中の「回転ドア」から出現した2人の黒服の男と格闘を繰り広げることになる。

物語の中盤に判明することになるが、その黒服の男の正体は、「回転ドア」をくぐり抜けた主人公自身であった。(黒い防護服を着用しているのは、過去の自分と直接接触することを防ぐため。)

なお、「回転ドア」の入口と出口それぞれから、同時に2人の黒服の男が出現した(ように見える)シーンは、「対生成」という現象を表現している。(「逆行」のステータスでドアをくぐると起きる現象。)

物語の中盤、タリンのドアをくぐり、オスロ空港に辿り着いた「逆行」の主人公は、物語の序盤における「順行」の自分自身と格闘しながらドアに逃げ込む。そして「順行」となった瞬間にニールに追われる。これが、それぞれのドアから、同時に黒服の男が出現した(ように見える)「対生成」という現象の仕組みだ。



●タリンにおけるカーチェイスでは、何が起きていたのか?

今作の中盤におけるハイライトであるカーチェイスシーン。時間の順逆が複雑に入り乱れる、今作屈指の難解シークエンスである。

起きた事象を整理すれば、一つの空間に、「順行」と「逆行」の人物(車)の両方が存在しており、それぞれが互いに影響を与え合いながら、同時に、「プルトニウム241(アルゴリズム)」と「空のオレンジのトランク」が次々と人物(車)の間を移動していく、ということになる。

劇中の時系列に沿って説明していく。主人公の目的は、セイターの裏をかき、警察の手にわたっている「プルトニウム241(アルゴリズム)」を強奪すること。警察のトラックの屋根に穴を開けて、スムーズに奪取に成功したかと思いきや、ここから想像もつかない展開が繰り広げられていく。

キャットを人質にした「逆行」のセイターが現れ、主人公は咄嗟に「空のオレンジのトランク」を彼に渡し、肝心の中身は、(この時点では)運転手不明の「逆行」の車に投げ込む。その後、セイターたちに囚われた主人公は、タリンのドアをくぐり「逆行」の世界を初体験する。そして、先ほどのカーチェイスに合流し「順行」の自分自身から「プルトニウム241(アルゴリズム)」を受け取るが、しかし結局、策を見抜いたセイターに奪われ、車に火をつけられてしまう。

この時点をもってして、セイターは9つの「アルゴリズム」のパーツを全て揃えたことになる。主人公は、事前に仕掛けた盗聴器で「アルゴリズム」が起動される場所を突き止め、物語は最終決戦へと繋がっていく。


●「時間挟撃作戦」とは何だったのか?

今作のクライマックスの舞台は、廃墟の街「スタルスク12」。ここで展開された「時間挟撃作戦」は、この映画において最も情報量の多いシークエンスだ。

まず、「順行」するレッド部隊は、10分後に大きな爆発が起きる予定の場所で「アルゴリズム」を奪取することを主目的としている。一方、「逆行」するブルー部隊は、爆発予定時間の「直前」から10分間を遡りながら、レッド部隊のために爆心地付近の制圧を目指す。これが、「時間挟撃作戦」の概要であり、「順行」の敵、「逆行」の敵との熾烈な戦闘が繰り広げられていく。

特筆すべきは、予告編でも使用されている「爆破された巨大なビルが、元通りに再生する」シーンだ。実はこのビル、ただ単純に「爆破→再生」していたわけではない。

「順行」の目線では、「上部だけが残ったまま倒壊したビルが持ち上がる→下部が再生する→敵を撹乱させるために、レッド部隊がロケット弾で上部を破壊する」という流れに映る。

一方「逆行」の目線ではどのように映るかというと、「上部が破壊されたビルが再生(予告編で使用されているシーン)する→ブルー部隊がロケット弾で下部を破壊する→崩れ落ちる」という流れだ。

この一連の流れが、レッド部隊/ブルー部隊、それぞれの目線で全く異なって映っているのは、このアクションが、10分間の中間時点である「5分」を挟んで起きたからだ。これこそ、まさに「時間挟撃作戦」を象徴するシーンである。



●主人公を救ったのは誰だったのか?

「時間挟撃作戦」のラストシーンにおいて、敵の銃撃の盾となり主人公を救ったのは、ブルー部隊として作戦に参加していたはずのニールであった。作戦終了後、ニールが背負うリュックにつけられた赤いキーホルダーが、その証拠である。

また、冒頭のオペラハウスのシーンにおいて、逆行する弾丸によって主人公を救ったのも、同じくニールである。(同シーンでも、赤いキーホルダーを確認できる。)彼は複数のドアを駆使することによって、同日に起きた2つのイベントにおいて、二度も主人公の危機を救っていたのだ。

そもそも、主人公とニールが初めて出会ったのは、いったいいつなのだろうか。

劇中の時系列でいえば、最初に2人が顔を合わせたのはムンバイのシーンであるが、なぜかニールは「主人公は、勤務中はアルコールを飲まない」ことを知っており、おもむろにダイエットコークを差し出した。そう、ニールはこの時点で既に主人公と繋がっていたのだ。(後に、ニールに協力を依頼したのは主人公自身であったことも示唆されている。)

今作の裏テーマは、2人の時間を超えた「友情」であると考えれば、2回目以降の鑑賞時における感慨がより深くなるはずだ。


●主人公の正体とは?

エンドロール直前のラストシーンにおいて、今作を通して描かれるタイムミッション「TENET」を仕掛けたフィクサーが、主人公自身であったことが示唆される。(字幕では「黒幕」と訳されていた。)

劇中の進行に沿って考えると、主人公はずっと「TENET」の全体像を把握しないままミッションに参加していたように見えるが、自身が「無知」であることを含めて計画の内だったのだろう。

そして、ここからは憶測に過ぎないが、劇中では、「TENET」というミッションを担う「主役」は「一人ではない」ことが暗に仄めかされていることから、かつ、今作では「主人公に名前がない」ことから、ノーラン監督は、「観客自身が『主役』の一人である」という没入体験を提供しようと試みたのかもしれない。

1回目の鑑賞時は主人公と同じ「無知」の目線で、2回目以降は、この壮大なミッションの「黒幕」「主役」として。今作は、まさに文字通り、複数回の鑑賞を前提としている構造になっており、観客の解像度が上がっていくたびに、「TENET」の真髄に近付くことができるのだ。

あなたが、いつか再び今作を鑑賞する時に、何かしらの新しい気付きや発見があることを願う。




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