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2023年、僕の心を震わせた「映画」ベスト10

すっかり遅くなってしまったけれど、2023年に公開(配信)された新作映画の年間ベスト10を発表したい。

例年と同じく、記事のタイトルにおいて予め断っているように、この年間ベスト10は「僕の」価値観をダイレクトに反映させた非常にパーソナルなものであり、それ故に、2023年の映画シーン全体を客観的に総括するような企画とは程遠い内容になっていると思う。先に言ってしまうと、『TAR/ター』や『aftersun/アフターサン』、『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:VOLUME 3』など、個人的にとても思い入れがありつつも、どうしてもベスト10に入り切らなかった素晴らしい作品がたくさんあった。(『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』と『ミッション:インポッシブル/デッドレコニング』も大傑作だったが、それぞれ2部作の前編のため、今回のベスト10からは外している。)何十本もの鑑賞作品の中から厳選を重ね抜いたからこそ、この後に発表する10本の映画に対する僕自身の思い入れは鑑賞時よりも更に深いものになったし、きっと、これから先の人生を通して何度も繰り返して観直すことになると思う。今回で年間ベスト10を発表するのは6回目になるが、2023年も、そう思えるような映画たちと出会えたことが、何よりも嬉しかった。

ここで紹介する作品たちが、今この記事を読む全ての人に対して開かれたものであるかどうかは分からないけれど、ただ、せっかくベスト10を編纂するのであれば、一人でも多くの人に、一本でも多くの作品に興味を持ってもらいたいと思い、今年も、この記事用に10本の作品の短評を書き下ろした。この記事が、あなたが新しい作品と出会う一つのきっかけとなったら嬉しいです。




【10位】
そして僕は途方に暮れる

日本を代表する劇作家であり、近年、『愛の渦』(2014)、『何者』(2016)、『娼年』(2018)など、映画監督としても傑作を連発し続けている三浦大輔の最新作。主人公・菅原裕一(藤ヶ谷太輔)が自転車で各地を走り回って逃げまくる躍動的な前半。北海道・苫小牧の豊かなロケーションを活かした中盤以降。そして、全編にわたって幾度となく挿入される、菅原が観客のほうに向かって「振り返る」シーンにおける寄りのカット。このように挙げていくと分かるように、この物語は、数ある三浦大輔の舞台作品の中でも突出して映画化と相性が良い作品で、また、そうした映画的な演出の数々には、しっかりと深い意味が込められている。舞台作家だからこその視点で、「映画」の構造をメタ的に用いた非常に野心的な作品で、改めて、彼の映画監督としての力量の高さに驚かされた。数ある名シーンの中でも最も強く印象に残ったのは、菅原が、「なんか、ごめんなさい」と謝罪する場面。本来、「なんか、」という言葉は、人に謝る時に絶対に付けてはいけないはず。ただ、この場面における「なんか、」に滲む得も言われぬ深みは本当に凄まじいもので、藤ヶ谷太輔の全身全霊の名演に圧倒された。


【9位】
SHE SAID/シー・セッド その名を暴け

世界中の「性犯罪告発運動=#MeToo運動」に火を付けたニューヨーク・タイムズ紙の1本の記事。今作は、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインが数十年にわたり繰り返してきた性的暴行を巡る調査報道のプロセスを描いたジャーナリストたちの信念の物語であり、また、これまで数え切れないほどの罪を生み、隠蔽し続けてきたハリウッドの構造的な闇に対する、現行のアメリカ映画界からの渾身の回答である。ハリウッド映画史の暗部に「映画」として自ら切り込む今作が、堂々たるメジャー作品として製作されたことには大きな意義があり、その意味で今作は、長年にわたって続いてきた「#MeToo運動」の一つの大きな結実であると言える。問題の本質は、ハーヴェイ・ワインスタイン個人ではなく、法のシステムを含めた巨大な構造そのもの。そのことに気付いてから、ジャーナリストたちの闘いは難航を極めるが、だからこそ、地味で地道で徹底的な調査の積み重ねを経て、ついに「公開」のボタンが押される瞬間を描いたラストシーンの切れ味が凄い。


【8位】
終わらない週末

年末に話題になっていたので、年明けに後追いで観てみたら、事前に高まり切った期待を軽々と超えていくような凄まじい傑作だった。まず、冒頭の、巨大タンカーがビーチに向かってゆっくりと近付いてくるシーンに痺れた。「そんなこと起きるはずがない」という平和ボケした視聴者の思考や態度を、この映画はいきなり大胆に裏切ってくる。そこから先は、1秒たりとも油断できない時間が続く。前半の展開から、『パラサイト 半地下の家族』(2019)のようなストーリーを予想するも、中盤の「●●●●に死を」あたりのシーンから、次第に今作に滲むテーマが浮き彫りになってきて、それ以降ずっと震えながら観た。今作は、「このようにして●●●●︎は終焉へと向かっていく」という未来の可能性を、極めてロジカルに、かつ、切実なリアリティをもって描いた非常にセンセーショナルな作品で、何より鳥肌が立つのは、今作の製作総指揮を務めているのがオバマ元大統領夫妻であるということ。まだ観ていない人は、これ以上の前情報を入れずにぜひ。


【7位】
ザ・クリエイター/創造者

ギャレス・エドワーズ監督の最新作。『モンスターズ/地球外生命体』(2010年)で頭角を現し、約10年にわたって続いている怪獣映画シリーズ「モンスター・ヴァース」の原点『GODZILLA ゴジラ』(2014年)の監督に大抜擢。そして、『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016年)で、スター・ウォーズのマニアを含む全世界の映画ファンから絶大な評価と支持を獲得。という、彼のこれまでの歩みをリアルタイムで追い続けてきた者として、今作は、ずっと待ちわびていた久々の新作であり、そして、(悲しきことに、近年のハリウッドでは製作されることが少なくなってしまった)完全オリジナルのSF大作である。往年のSF映画のロマンとスケールを感じさせつつ、同時に、新しい価値観を果敢に提示する(例えば、この映画は「AI対人間」を描く王道のストーリーでありながら、AI側ではなく人間側を脅威として描いている)野心的な今作を、映画館の大スクリーンで堪能できた歓びと感動はとても大きかった。こうしたSF大作が製作される流れが、これからも途絶えることなく未来に続いていくことを願う。


【6位】
ヴィレッジ

僕が最も信頼する日本の映画監督の一人、藤井道人の新作にして、故・河村光庸プロデューサー(スターサンズ代表)が最後に企画した一作。「映画こそ、自由であるべきだ」という河村プロデューサーの意志は、藤井監督&横浜流星の最強タッグ、および、スターサンズの制作チームへと確かに継承され、そして、この鮮烈な野心を放つ渾身の傑作が生まれた。村社会の閉鎖性やその土着的な恐怖は、日本人にしか描けない極めて特異なものであり、そうした呪縛を突き破りながら未来への突破口を希求する切実なエネルギーの昂りは、国境を越えて、観る者の心を震わす普遍的な力を秘めていると思う。また、ほとんど同時期に公開された藤井監督の新作『最後まで行く』も素晴らしかった。韓国映画のリメイクではありつつ、『ヴィレッジ』に共通するテーマが深く刻み込まれている作品で、2本合わせて観ることで、藤井監督の作家性が明確に浮き彫りになるように思う。あらゆる抑圧を跳ね除けながら、本能のままに、ここではないどこかにあるかもしれない希望を模索する各作品の登場人物たちの生き様に、強く心を震わせられた。


【5位】
正欲

原作は、朝井リョウ。これまでいくつもの彼の小説が映像化されてきた中で、僕は、今作は、『桐島、部活やめるってよ』(2012年)、『何者』(2016年)に並ぶような大傑作だと感じた。日本で「多様性」や「ダイバーシティ&インクルージョン」といった言葉が(時に、その言葉の本質的な意味がスポイルされる形で)広く謳われるようになってから何年も経つけれど、真の意味で時代の価値観を前へと突き動かすのは、まさにこういう作品だと思う。「自分がどういう人間か、人に説明できなくて、息ができなくなったことってありますか?」「なんであくまで自分は理解する側だと思ってるんだよ。」「あんたが想像もできないような人間はこの世界にたくさんいるんだよ。」「誰にもバレないように、無事に死ぬために生きてるって感じ。」「生きるために必死だった道のりを、『あり得ない』って簡単に片付けられたこと、ありますか?」これらの言葉は、今作の予告編の中で用いられている象徴的な台詞である。自分はマイノリティの人々を「理解している」「受け入れている」という自覚(のようなもの)を持っている人ほど、この切実な言葉たちに触れて、きっと痛烈なインパクトを受けたのではないかと思う。もしそうであれば、ぜひ今作を観てみてほしい。今は想像もできないような、何より、不可逆的に価値観を変容させられてしまうような映画体験を味わうことになるはず。今作は、決して、それぞれの登場人物たちが安易に救われるようなハッピーエンドを描くタイプの作品ではないけれど、ただ、神戸八重子(東野絢香)が諸橋大也(佐藤寛太)に告げたある言葉(原作にはない映画オリジナルの台詞)に、微かでも確かにこの世界に存在する一縷の希望を感じた人はきっと多いと思う。その言葉に託された温かな想いは、一人ひとりの立場や、それぞれの理解や想像の限界を超えて、あらゆる人の生に寄り添う深い普遍性を秘めたものであり、そして、その想いを伝えることこそが、この映画の輝かしい存在意義なのだと僕は思う。


【4位】
怪物

誰が「怪物」であるかを探そうとすると、この物語の本質を見誤る。脚本開発の段階において、今作の脚本を務めた坂元裕二が付けた仮タイトルの一つが『なぜ』であり、また、今作の音楽を担当した坂本龍一は、是枝裕和監督からのオファーを引き受ける際に、「この映画のいいところは、答えが出ないところだ。」と返答したという。この映画には、明確な答えはなく、問いだけがある。是枝監督は、坂元から受け取った脚本の台本の1ページ目に、「世界は、生まれ変われるか」という一行の問いを印刷して、今作の撮影に臨んだ。その問いは、これまで数々の作品づくりを通して社会的なテーマに果敢に挑み続けてきた是枝監督と坂元にとって、共通の、そして永遠のテーマであり、また、その問いには、未来へ向けた願いや祈りが内包されている。湊(黒川想矢)と依里(柊木陽太)の2人が、いつかこの世界のどこかで、「幸せとは何か?」という問いに対する自分たちなりの答えを見つけられますように。そのように願い、祈っているのは、きっと是枝監督と坂元だけではなく多くの観客たちも同じはずで、もしかしたら、変わるべき世界/変わらない世界へ向けて問いを立てることは、私たちが真に目指すべきビジョンを示すことに近い行為なのかもしれない。そして、それこそが表現者が全うすべき使命であることを、是枝監督と坂元をはじめとした今作の製作陣は深く理解しているのだろう。「世界は、生まれ変われるか」その切実な問いかけに、この世界が胸を張って堂々と答えることができるその日まで、表現者たちの闘いは続く。


【3位】
バービー

2023年の映画界を最も象徴する作品。僕は、『バービー』が、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』を超えて、2023年の全世界興行収入1位に輝いたというニュースが出た次の日に今作を観て、それがいかに革命的なことであるかを思い知った。決して『マリオ』のような万人受けするタイプの分かりやすいエンターテインメント作品ではない。ジェンダーにまつわる鋭すぎる問題提起の数々によって、時代の価値観を大きく前に突き動かすことを目指したこの野心的な映画は、メタ的な要素を容赦なく盛り込んだあまりにもハイコンテクストな作品であり、そのポップな佇まいからは想像もできないほどに毒々しい一本でもある。この作品をきっかけとして、たくさんの議論(論争)が巻き起こった。一人ひとりの観客が各々の観点/立場でこの映画を観て感じたことを語り合い、そのプロセスの中では、ジェンダー間の分かり合えなさが浮き彫りになることがあれば、「女vs男」というシンプルな構図を超えた新しいアジェンダが生まれることもあった。それでも、あえて楽観的に言ってしまえば、そうした議論が起きること自体が時代の価値観が前進する一つの大きなきっかけとなり、今作が世界中の人々にもたらした学びや変化(もしくは、猛省)の機会は非常に意義のあるものだったと思う。このように書くと、まだこの映画を観ていない人は今作のことをとてもシリアスな作品だと思うかもしれないが、実際はその真逆で、誰もが笑えるコメディ映画であることこそが今作の輝かしい真髄である。この痛快なコメディ映画が世界各国で大ヒットしたことは、大きなパラダイムシフトの過程にある2023年という年を鮮やかに象徴する出来事だったと思う。例外的に日本ではヒットに至らなかったので、この記事をきっかけに今作を鑑賞する人が一人でも増えたら嬉しい。


【2位】
キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン

1920年代にアメリカ・オクラホマ州で起きた、先住民族・オセージ族を標的とした連続殺人事件。アメリカ史の最暗部とされる同事件に迫った犯罪ノンフィクション『キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン:オセージ族連続怪死事件とFBIの誕生』を大胆な脚色によって映画化した今作は、一本のサスペンス映画としての圧巻の完成度を誇っていて、約3時間半という上映時間の長さを全く感じさせないほど終始スリリングな作品だった。マーティン・スコセッシ監督、レオナルド・ディカプリオ、ロバート・デ・ニーロ、この三者が初めて一本の作品に集結したことの意義も深く、演出や演技はもちろん、脚本、撮影、編集、美術、音楽、そして上述した脚色をはじめ、映画を構成する全ての要素が最高レベルに達していて、まさに「総合芸術」としての映画の真髄を堪能し尽くすような至高の鑑賞体験を味わうことができた。80代に突入したスコセッシ監督の才気はまだまだ衰え知らず、それどころか、このタイミングで何度目かのキャリアハイを高らかに更新してみせている。その熱き気概と映画監督としての手腕の精度の高さに、全編を通して何度も圧倒された。僕が特に強く心を震わせられたのが、オープニングと対を成すラストシーン。あまりにも理不尽に、不条理に、次々と土地を、文化を、尊厳を、そして命を奪われ続けてきたオセージ族。それでも、決してついえることのない彼ら・彼女らの魂。いくつもの年代を超えて、今も鮮烈な響きを放ち続ける渾身のダンスビート。静かに深く胸を穿つような、あまりにも感動的なエンディングだった。オセージ族を単なる事件の背景として描くことは決してせず、製作陣とオセージ・ネーションの深い連携の積み重ね(今作の製作には、オセージ族の人々が、シナリオの翻案、オセージ語をはじめとした文化面のコンサルティング、衣装制作などに関わっている)によって完成した今作は、サスペンス超大作というジャンルの枠組みを超えて、これから先も多くの人の魂を震わせ続けていく強烈な普遍性を秘めた作品であると思う。


【1位】
君たちはどう生きるか

僕は、宮﨑駿の自伝的ファンタジーと銘打たれた今作を最初に観た時、創作に人生を捧げ続けてきた宮﨑監督から送られた「僕はこう生きた」という渾身のメッセージを全編から感じ取った。宮﨑監督は、情熱を燃やし、魂を削りながら、今作を含めて計13本のアニメーション作品を監督として世に生み出してきた。そして、それぞれの作品を通して、その時代ごとに発するべき切実なメッセージを鋭く世に投げかけながら、生きることの意味を懸命に伝え、同じ時代を生きる私たち一人ひとりの生を力強く祝福し続けてきた。そうしたアニメーション作家としての揺るがぬ生き様を、今作を通して、改めて彼自身から示されたような気がしてならなかった。「僕はこう生きた」と伝える渾身の自伝的ファンタジー、その結びを担うのは、今作のタイトル『君たちはどう生きるか』という問いであり、つまり、次はこの映画を観た観客一人ひとりが、自らの人生を通してその問いに対する答えを示す番である、ということなのだと感じた。

僕がこの映画を初めて観た時に得たそうした感覚は今も薄れてはいなし、決して間違ったものではないと思うけれど、ただ、今は別の角度から今作の在り方を捉えることもできる。そのきっかけになったのが、2023年12月にNHKで放送されたドキュメンタリー番組『プロフェッショナル 仕事の流儀 ジブリと宮﨑駿の2399日』だった。映画の外側にあるドキュメンタリー作品なので、もしかしたら、この番組によって『君たちはどう生きるか』の見方が一つに限定されてしまうことは映画の作り手たちからしたら本意ではないのかもしれない。ただ、僕自身、このドキュメンタリー作品を通して宮﨑監督の想いに触れ、この映画の見方が決定的に変わった。その見方とは、『君たちはどう生きるか』は、宮﨑監督から次の世代へのメッセージ/問いかけであると同時に、彼自身が、今は亡き高畑勲の背中を追いながら、これからも現役のアニメーション作家として創作を続けていく覚悟を示す宣誓のような作品である、というものだ。映画の終盤、高畑勲(大叔父)から「自分の時に戻れ」と言われて、この世に戻ってきた宮﨑監督(眞人)は、これからも「めんどくさい」とぼやきながら筆を動かし続けていく。『君たちはどう生きるか』は、決して引退作などではなく、トロント映画祭で明かされたように、既に宮﨑監督は次の作品の構想に入っている。人生が続く限り、創作は続いていく。それは、あまりにも深い業のようなものでもあるのかもしれないけれど、瑞々しく燃え盛るエネルギーを胸に、今もなお懸命に創作と向き合い続ける宮﨑監督の背中を観て、僕は強く奮い立たされるような思いがした。彼の次回作が、いつ発表されるのか、どんなものになるのかは、まだ何も分からないけれど、宮﨑監督と同じ時代を生きていること、生きてゆくことに、僕はあまりにも深く輝かしい意義を感じている。


2023年、僕の心を震わせた「映画」ベスト10

【1位】君たちはどう生きるか
【2位】キラーズ・オブ・ザ・フラワームーン
【3位】バービー
【4位】怪物
【5位】正欲
【6位】ヴィレッジ
【7位】ザ・クリエイター/創造者
【8位】終わらない週末
【9位】SHE SAID/シー・セッド その名を暴け
【10位】そして僕は途方に暮れる


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