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分け合う健康

何か、自分にできることを。
そう焦燥感を覚えたときに真っ先に献血が浮かぶのは、紛れもなく父の影響だ。
血はお金じゃ買えないんだぜ
得意げな父の笑顔が蘇り、赤十字のアプリから空き時間に予約を入れた。

私の父は、献血に行くことを「イサド」と呼んでいた。
宮沢賢治の『やまなし』に出てくる、あの「イサド」である。

まごうことなき脱線なのでうんと雑にまとめると、『やまなし』はこんな話だ。

5月。「クラムボンはわらったよ。」「クラムボンは死んだよ。」と、カニの兄弟はのどかとも物騒ともとれる話に興じていた。魚を捕まえに飛び込んできたカワセミを見て二匹は怯え、それを父カニがなだめる。
12月。泡の大きさを競って遊ぶカニの兄弟を、父カニは「もうねろねろ。遅いぞ、あしたイサドへ連れて行かんぞ」とたしなめる。そこへ、やまなしが流れてくる。以上。

宮沢賢治『やまなし』

「クラムボン」とは何か、「イサド」とは何か。文中ではその正体は明かされない。
小学校で『やまなし』を教材として扱っていた父は、「クラムボンとは、イサドとは」と授業中に子どもたちに問いかけていたらしい。
水中での会話のため「クラムボン」は泡とか水面が光るさまなんじゃないかと言う子どもが大多数だけれど、ヒントらしきヒントがまったく与えられないまま唐突にぶっこまれる「イサド」に関しては、祭りとか天国とか遊園地だとか、「その子がイメージするいいところ、楽しいところ」が挙げられることが多いと聞いた。

イサドの響きをたいそう気に入ったらしい父は、私たちが遅くまで起きていると「あしたイサドへ連れて行かんぞ」と低い声で楽しげに言った。
でも慌てて布団をかぶったところで、翌日イサドに連れていってもらったことは一度もないのだった。
休日の昼ごろ出かけようとする父に「イサドに行くんでしょう?連れて行ってよ」と頼んだら、「実は子どもにはまだ早いんだ」と置いていかれたことがある。
イサドに行った父は巷では見たことのないキャラクターのキーホルダーや皿やタオルケットなんかをどっさり持ち帰ってきた。「どうやら100回目だったらしい」と小さな盾をもらってきたこともあった。

いいなぁイサド、早く行きたいな。
イサドが献血だと知ったのがいつだったかは覚えていない。
けれど、「イサド」デビューしたことを告げたとき、父がものすごく嬉しそうにしていたのは覚えている。
のちにパチンコ屋や競輪も父の「イサド」の一つだと知ったけれど、私の「イサド」はいまも献血一択だ。

タダでジュースやお菓子が飲み食いできて、血管や血を褒めてもらえる」と献血の天国っぷりを吹聴していた父は、俳優の菅原文太さんが若いころに血を売って生活の足しにしていたというエピソードを見聞きすると「俺は憧れの文太さんに近づいているぞ!」と狂喜し、「俺はA型、るるはAB型、S(四つ下の弟)はB型。ここにO型が加われば、たいていの人は助けられるな!」とはしゃいだ。
ちなみに血の巡りが遅いらしいB型の母は、自分よりもずっと後に来た人に抜かされたことが悲しくてあまり献血はしたくないらしい。

半ば遠足のようにウキウキと、半ば義務のように淡々と、父は献血可能日になればせっせと「イサド」へ赴く。
そんな父はよく、「俺の健康が、他の誰かの健康につながるかもしれない」「寄付ももちろん大事だけれど、血はお金じゃ買えないからな」と言った。

自分の楽しみと社会貢献がイコールであること。
自分の健康が、他の誰かの健康につながること。

それって、なんて素敵なことなんだろう。
父の考え方に影響を受けて、私も自分の健康を誰かと分かち合うような気持ちで献血に臨むようになった。

父がいつもやっているのは、400mlの全血献血
男性は17歳、女性は18歳から。
必要な体重は、50㎏以上

元気なときには私も400mlの全血献血を選んでいるのだけれど、実家を出たり仕事に追われたりしているうちに時々体重が50㎏を下回るようになってしまった。
そんなときにおすすめなのが成分献血
男性は45㎏以上、女性は40㎏以上あれば献血できるし、全血よりも身体への負担が軽い。

全血献血も成分献血も、上記の条件を満たしたうえで以下のケースに当てはまらなければ献血できる。

献血できないケース

当日の体調不良、服薬中、発熱等の方
出血を伴う歯科治療(歯石除去を含む)を受けた方
一定期間内に予防接種を受けた方
6カ月以内にピアスの穴をあけた、またはピアスを付けた方
6カ月以内にいれずみを入れた方
外傷のある方
動物または人に咬まれた方
海外旅行者および海外で生活したことがある方
特定の病気にかかったことのある方
輸血歴・臓器移植歴のある方
エイズ、肝炎などのウイルス保有者、またはそれと疑われる方
クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)の方、またはそれと疑われる方
妊娠中、授乳中等の方
新型コロナウイルスの検査を受けた、診断された等の方

日本赤十字ホームページより

人に咬まれた方」がずっと気になっている。ドラキュラにやられたのかな?いや、そもそもドラキュラって人なのかな……?
たとえこれらをクリアできていても、血液検査で引っかかって献血できないこともある。
何度か引っかかりながらたどり着いた、私のおすすめの献血スタイルを紹介したい。

私の献血スタイル


①予約して行くこと

予約なしですぐに献血できることもあるけど、特に成分献血の場合は時間がかかるので(受付から終了まで1時間半~2時間くらい)予約していった方が確実。
しかも会員登録しておけば、予約ポイントももらえる。
ポイントが貯まれば、洗剤とかサランラップとかカップラーメンの蓋抑えマスコットとかがもらえるよ!(2024年1月6日池袋での情報)

②献血以外の用事がある町を選ぶこと

血液検査の結果が悪くて献血を断られてしまったとき、それ以外に用事がないとかなり絶望するので、品揃えのいい書店や陽気なショッピングモール、友だちが住んでいる町などの献血ルームを選んでおくと安心。

③生理直後はやめておくこと

父や弟が「これもらった~!」とはしゃいでいるのを見て羨ましくなり何度か挑戦したけれど、血液検査の結果がいまいちなことが多くって。
元気が身体中にみなぎっているときに狙いすまして献血に行った方が、自分のためにも人のためにもいいのだろう。

私たちが子どものころ、父はどの程度この未来を予想していたのだろうか。
張り切って「イサド」に向かう父の背中を懐かしく思い出す。
私たちはいま、県内、都内の各「イサド」からそれぞれに健康をおすそ分けしている。
どうか私の健康が、誰かの健康につながりますように。

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