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病めるときも健やかなるときも、人形になったときも

私たち夫婦には、共通の趣味がない。
二人ともどちらかといえばインドア派とはいえ、休日の過ごし方は全然違う。
私はたいていお酒を飲むか本を読むか文章を書くかあるいはそれらすべてを同時に楽しんでおり、夫はゲームに全身全霊を熱く熱く傾けている。

出会ってから9年、結婚して1年。

これまで通りでも別に困らないっちゃ困らないけど、何か一つくらい一緒にできることがあってもいいよね。
そんな話をした数日後、『It Takes Two』というゲームをやらないかと夫に誘われた。

商品説明によれば、このゲームにおいては二人での協力プレイが必須で、ゲーム初心者も上級者もどちらも楽しめるという。
「協力プレイが必須」って……私が足を引っ張る未来しか見えない。
尻込みする私をよそに彼は「とりあえずやろうや!俺たちの絆を試してみようぜ!」とやたらノリノリでゲームをダウンロードした。

主人公は離婚間近の夫婦、メイとコーディ。
ある日二人が娘のローズに離婚することを告げると、ショックを受けた彼女は一人で物置小屋に閉じこもってしまう。
「二人とも、また仲よくしてよ……」と二人を模した人形を握り締めてローズが涙を落とすと、メイとコーディはその人形になってしまう。そこへ現れた『Book of Love』と書かれた自称ベストセラー本、Dr.ハキムは二人に「共同作業」の大切さを説く。
嫌味を言い合いながらもしぶしぶ協力し合って、人間の姿に戻ろうとする二人。
ローズの涙がカギだと気づいた彼らは、彼女を泣かせようとある非道な作戦を思いつき……というのが、中盤くらい(?)までのあらすじ。

この作戦がとにかく、とんでもなくひどいのだけれど、その前から私はこの二人のことがあまり好きにはなれなかった。
二人とも、なかなかにしょうもない性格をしているのである。

自分たちがぞんざいに扱っていた家電から復讐されても「私のせいじゃない!」と逆切れ。
「協力してくれたらお礼するからさ!」と言ったくせに、力を貸してくれた虫をあっさり乗り捨てにする。
ローズを守ろうとするぬいぐるみに「ローズのことは泣かせない」と約束したばかりなのに、「彼女を泣かせれば私たち、元に戻れるわ!」と嬉々としてローズ号泣大作戦を立てる。それでも親か。
そしてしょっちゅう、「あなたのせいで」「おまえだって悪いだろ」と憎まれ口を叩き合う。いいかげんにしろ。

そりゃ、一刻も早く元に戻ろうと必死なのはわかるけど!
利己的な言い分を主張するメイの姿に引いていたら、夫がまっすぐに私を見つめて言った。

俺、結婚した相手があなたで本当によかったと思っている

まさに私も同じことを思っていたところだった。
夫が結婚相手で、本当によかった。

こんな二人に育てられたとは思えないほど、娘のローズは痛ましいほどに健気で優しい。
きっと夫婦は幾多の試練を乗り越えた末に仲直りをして、家族三人でハッピーエンドを迎えるんだろう。
ゴールに近づくにつれて二人の心境がどう変化していくのかは楽しみだけれど、それはそれとしてこれ以上ローズが傷つく展開にはならないといいなと願ってしまう。

Dr.ハキムとコーディ

ありがたいことに、ゲームの操作自体はそれほど難しいものではない。
Lスティックで主人公の進む方向、Rスティックでカメラの向きを調整し、あとはジャンプしたり、滑り込んだり。
基本的な操作に慣れてきたころに、レールに乗ったり銃を撃ったりとできることが増えていく。
こうして敵を倒したりパズルを解いたりと、さまざまな障害を乗り越えながら前へと進んでいく。
二分割の画面で相手の動きを見ながらプレイすることができるのも大きな特徴。
相手さえいれば、オンラインでもできるそう。
「いまの助かった!ありがとう!」「“せーの”で行こう!せーの!」などと声をかけ合いながら遊べて楽しい。

それぞれ探検しているところ

舞台は最初にローズが入った物置小屋から始まり、スズメバチの巣、おもちゃ箱……と移り変わっていく。
最近ようやくじっくりとあたりを見回すゆとりが出てきて、その作りこまれた世界観に見とれたり、「私たちの初デートってどこか覚えてる?」「寄生虫博物館だよね」「正解」と舞台に自分たちの思い出を重ねる余裕まで出てきたところである。

ゲームが得意な夫を悩ませた最大の障害は、ほかならぬであった。
超ゲーム初心者の私は「タイミングを合わせて行くぞ!」と言われた場所でうっかりボタンを押して夫を谷底に落としたり、「そいつを撃ってくれ!早く!」と言われて慌てるあまりその場で無意味にくるくる回ったり、カメラ操作に手間取っているうちにボスに轢かれたらしく「あれ?私、どこ?」と尋ね「死んだんだよ!!!」と叫ばれたりした。
おまけにこらえ性もないため、「なんかもう私、一生このレールから降りられない気がするー。人生みたーい」などと早々にほざいて夫とコントローラーを交換してもらったりした。ちゃんとやれ。

メイ(私)が塵になった瞬間

それでも夫は根気強く「今日もゲームしない?」と誘ってくれ、「うまくなったねえ」と嬉しそうに褒め、「今日も一緒にゲームができて楽しかったよ」と笑顔で白湯を差し出してくる。仏か。
そうした心の広さに加えて、こうして隣り合って遊ぶことで夫の操作のこまやかさや、頭の回転の速さを間近で感じることができるのも想定外の大きな収穫だった。

「共同作業」の大切さは、ゲームのなかだけに限った話ではない。
仕事、食事の支度、洗濯物干し、買ってきた家電の設置、風呂上がりの背中へのクリームの塗り込み、旅行計画等々、力を合わせてやるべきことは日常に溢れている。
『It Takes Two』をやり始めてから、私たちは今まで以上に協力することを楽しめるようになった。
「“共同作業”の時間だよ!」を合言葉に、今日も無駄に盛り上がりながら洗濯物を家中に干した。

夫婦でも、恋人でも、友だちでも、家族でも。
「共同作業」が少し足りていないと感じている人や、「共同作業」を通してもっと相手との関係を深めたい人には、『It Takes Two』をぜひともやってみていただきたい。

病めるときも健やかなるときも、人形になったときも。

仲よくないと、一緒にゲームなんてたぶんできない。
この仲のよさが、いつまでも続くとも限らない。
だけどもしこの先私たちが何か険悪な問題に直面したときに、二体の人形としていろんな困難をともに乗り越えたことを思い出せたなら。
きっと、「今こそ“共同作業”が必要みたいだね」と言い合えるような気がしている。


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