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展望台でワクチン接種の巻①

ワクチン1回目の摂取のために、「都庁北展望台ワクチン接種センター」を訪れた。
展望台」のパリピ感に惹かれたのだ。

実際にそのパリピ感を堪能できたのは、ほんの数分だった。あまりにもあっけない。
「うっほー!こっから水風船ぶん投げたら、超〜楽しいんだろうな〜♪」
そう無表情にワクワクしているうちに回転寿司のように人は流れ、景観はあっという間にパーテーションで仕切られた白い壁と消毒やトイレを勧める注意書きに変わった。

怖〜い怖〜い、ワクチン接種。
せっかくなら絶景でも楽しんでやろういう私のセコい目論見は、こうして脆くも崩れ去ったのであった。

景色もじっくり見られないなら、別にわざわざ都庁行かなくてもよかったじゃん。
新宿駅から都庁は、地味に遠い。
そして私は、新宿駅とあまり相性がよろしくない。
案の定、西口改札から出たかったのに一番かけ離れたサザンテラス口側に降りてしまってホームを端から端まで歩く羽目になり、やっと西口改札から出られたと思ったら今度は地上に出られない。

やっと地上への出口らしき階段を見つけて上ると、そこはバス乗り場の小島だった。
引き返してまた階段を上るのは癪だったので、柵を乗り越えて正規ルートへのショートカットを無理やり作る。

そうしてなんとか都庁行きの看板を頼りに歩いたのだけれど、これが遠いこと遠いこと。
駅から徒歩10分と地図を見た時は、正直「楽勝じゃん」と思った。
私の小学校は家から30分だったし、中学は40分だった。それに比べてたった三分の一か四分の一の距離なのに、なぜこんなに遠く感じるのだろう。

これが老いというものだろうか。
それとも都心生活に慣れ、体力が低下した結果だろうか。

ともあれ会場に着いて検温と書類の確認さえ済めば、あとはレーンの上を一定の間隔を保ちながらトロトロと前進するのみ。
人間に食べられるのを待っているイカやエビのような気持ちで、粛々と足元の円から円へと歩を進める。
延々と続く円は「ケンケンパ」の「ケン」がひたすらに並んでいるように見えて、つい片足飛びで移動してみたくなる。

おそるおそる周りを見渡すと、スマホに目を落としている人が大半だった。
ここで私がケンケンパをしたところで、誰にもバレないのでは?と足が疼く。
そんな誘惑と戦っているうちに着々と行列は短くなっていった。

「接種受付済み」と書かれた青いカードを受け取って、暇つぶしに本を開く。
今日持ってきたのは、ジョージ・オーウェル著『一杯のおいしい紅茶』(小野寺健 編訳)というエッセイ集。

一編目が表題作なのだけれど、これがすごい。読者向けの導入もそこそこに、「完全な紅茶のいれかた」なる11項目をひたすら列挙。英国紳士の本気が感じられる作品だ。
どこ産の茶葉を使うか、器具はポット推奨、そしてそのポットはあらかじめ温めておけ、濃く淹れろ、葉はじかにポットに入れろ……。
こんな調子で10項目まで、改行なしで綴られている。
やっと改行が入って11項目、こちらも一息入れて心して読むと、「砂糖を入れてはいけない」。
えっ、そうなん?

「せっかくの紅茶に砂糖などいれて風味を損なってしまうようでは、どうして紅茶好きを自称できよう。〜中略〜紅茶はビール同様、苦いものときまっているのだ」

「いっそ白湯に砂糖をとかして飲めばいいのである」
さ、左様でございますか……。
紅茶に砂糖を入れる人に対して、とにかく辛辣。チャイ好きな私としては非常に耳が痛い。

こんな感じで凝り性全開で突き進むエッセイは、たぶん、否、絶対に家の中でしっとりと読むべきである。
とてもじゃないが寿司の化身となった今、私が読んでいい本ではない。

本を閉じて会場をぼんやりと眺めていたら、青いベストの係の人に「受付済みカードを回収しまーす」と声をかけられた。
あぁ、さっきのあれかと手渡そうとして、そのカードが手元にないことに気づく。いま私が持っているのは、予診票と接種券のみ。
さっきまでたしかに持っていたのに、どこへ?
落としたかと振り返るが、青いカードは見あたらない。

ここまで順調に流れていたレーンを止めてしまい半分パニックになっていたら、「これ、じゃないです?」と係の人が指差した。
『一杯のおいしい紅茶』に、栞として挟まっていた。
大変失礼いたしました。

カードを返すとエレベーターに10人ずつ箱詰めされ、一気に展望台へと出荷される。
そして上った先で私たちを待ち受けていたのは、またしても行列だった。
な、長い……。

ここでやっと、お待ちかねの景色が見られた。陽が落ちかけたほの暗い空と、それと対照的に元気になっていくビルの明かり。
が、それをゆっくり眺める間もなく、数分後にはパーテーションと俯いて並ぶ人々をひたすらに眺める羽目になった。

平日の17時ということもあってか、私と同じ会社帰り風の人が目立つ。次に多いのは、学生さん。
私が予備校時代によく着ていたねこぶちさんのトレーナーの人を見かけて、懐かしさに声をかけそうになる。

そうこうしていたら、ようやくパーテーションで仕切られた問診室に案内された。
担当してくれたのは、人のよさそうなおじいちゃん先生。
「薬は飲んでいないか」「既往症はないか」等々予診表に書いたことをひと通り確認した後、「何か質問はありますか?」と聞かれて、特に思い浮かばなかったので「大丈夫です」と答えた。

「今どきの若い人はみんな“すまふぉん”で情報を得られるから、私たちよりもずっと物知りなんだよねぇ」
と、しみじみおっしゃる。すまふぉんて。
いえいえ、情報が多くてもどれが正しいのかもよくわからないですし、人によっても副反応も差があるみたいですしと言うと、「副反応は心配かな?」と尋ねられた。
そりゃあ怖いですよと言ったら、
「副反応が出ないとさびしいよねぇ。それはもう、死にかけってこと。異物が入っても身体が防御できないってことだからね」
とのこと。
まぁそうですよねーと答えながら、「全然副反応なかったの!」と誇らしげに言っていた母親(50代)や、「副反応?俺はあんまりなかったな」と薄く笑っていた彼氏(27歳)を思い出した。
このことは彼女らには、絶対に言うまい。

先生のもとを辞してさらに奥のパーテーションに進むと、いよいよ接種。
看護師さんに左腕を差し出すようなポジショニングでパイプ椅子が置かれている。右利きの人が多いからこの配置なのかしら。
「左腕でいいですか?」と聞かれて、左利きなので右でお願いしますと答えると、くるりと椅子の向きを変えてくれた。

こういう一手間を相手にかけさせてしまう時、左利きですまねえという気持ちと右利き向きの世界への恨みに引き裂かれる。

書道の授業の時私のお手本だけみんなと逆の位置に置かせてもらったこと、飲食店で箸の向きをこっそり直したこと、改札を通る時に左手で定期を出して右に持ち替えて通ること……。

左利きの生活は、わりと不便だ。
にもかかわらず友人たちは「サウスポーってかっこいいよね」「左利きって頭いいらしいよ」などと無邪気に言う。

ば〜〜〜か!
こっちの苦労も知らないで!

なーんて、思っていてごめんね。

無事に接種を済ませて順路に沿って歩くと、待機場所に案内された。15分後の時刻がプリントされた紙片をもらって、講演会スタイルでずらりと並んだパイプ椅子に腰掛ける。
ぼんやりと待っていると、だんだんと右腕が重くなってきた。
それほど辛くはないけれど、あまり負担はかけないほうがよさそうだ。
次回はリュックで行こうと思う。

15分経ったら次回の予約を確認して、階下に降りて解散だ。
オーウェルのせいで紅茶が飲みたくなったので、スーパーで2個入り300円のチョコケーキを買って彼氏の家に行った。

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体温計で測ると、36.5度と超平熱。
腕に微妙な違和感はあるものの、それ以外に気になるところはない。
明日にはこの腕が筋肉痛みたくなるのかぁと思いながら、勢いよく手を振り上げてエルヴィン・スミスごっこをする(『進撃の巨人』参照)。


そして翌朝、副反応はちゃんと来ていた。
もうエルヴィンごっこなんてできない。
Tシャツのような頭から潜る系の服を着るのが辛い。そして自分の身体の幅を見誤って右肩をドアにぶつけたりすると、すごく痛い。

でも、それだけだ。
ま、1回目ですからねぇ。
本当の勝負は、2回目だ。
SNSで散々見てきた、2回目の副反応のヤバさ。怖すぎる。
とりあえず腕と頭を冷やす用に、水風船を買っておこうかと思う。


恐怖の二回目はこちらから!


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