見出し画像

”尼ヶ谷の天国”を探して...

以前の記事で紹介した、小烏丸を打ったと言われている古代の刀工・天国あまくに。遺跡として著名なのは奈良県宇陀市にある「天国の井戸」だが、もうひとつあったとされていた高取町の清水谷近辺の遺跡は時代の流れによりわからなくなっていた。
高取町出身の友人の協力を得ながら、なんとか情報を集めたので、今回その進捗をこの記事にて紹介する。

「あまくに」と「あまがたに」

今回調べていたのは奈良県高市郡高取町南部の清水谷にかつてあった「尼ヶ谷」という集落。高取町に問い合わせてみたところ、169号線が通る芦原トンネルの東側にあったという。町から教えてもらった位置をマップで見ると、ちらほらと民家や工場のような建物があった。

元々芦原峠と呼ばれ、奈良盆地と吉野を結ぶ主要な道路があり、今は木や草が伸び放題ではあるが、169号線の側に細い道のような痕跡が残されていて、1992年にトンネルが開通するまではこの道が利用されていたようだ(現在は通行禁止)。

元々は天国ヶ谷あまくにがたに

さて、以前紹介した通り尼ヶ谷は「天ヶ谷」や「アマクニ」とも記載されてきた。大正4年(1915年)の「奈良縣高市郡志料」によると、これは元々「天国ヶ谷」と呼ばれていたものが訛った名前で、刀工・天国がかつてこの地に住み、刀を鍛えていたのだとされている。
また、この地域には古くから「天国三輪神社(天国神社)」という、彼の名前を冠した神社が鎮座していた。往時は近隣の刀工も信仰していたらしい。今はもう廃れているのだが、この神社は一体どんなものだったのだろうか。

天国三輪神社と遺跡

天国三輪神社、別名・天国神社の創建は不明だが、天国が守護神として崇めていた大神神社から御祭神である大物主大神おおものぬしのおおかみの分霊を移して、尼ヶ谷に祀ったとされる。
天国が大宝年間の人なので、1200年ほど前なのではないか、というように伝えられていたことが奈良県、高取町の資料から判明している。
この場所は古くから非常に清らかな水がこんこんと湧き出ていたようだ。周辺は今も木々が多いことを考えると、確かに刀を鍛えるには良い環境かもしれない。

明治24年(1891年)に奈良縣管下大和国高市郡が記録した「什寳帳じゅうほうちょう」の天国神社にはこんなことが書かれている。

奈良縣管下大和国高市郡高取町大字清水谷小字天国鎮座
村社 天国神社

例祭日 例年九月八日九日
什寳器物 無之
古文書 無之
鳥居 二本木製 内壱本高サ壱丈巾八尺 内壱本高サ六尺巾四尺
境内乃元境係ル古蹟并事由 無之
境内実測圖 壹葉
境内見取圖 壹葉
朱黒印 無之
遞減録 無之
境内丘地及別 無之

奈良縣管下大和国高市郡高取町大字清水谷小字天国 什寳帳

つまり、当時はかなりしっかりとした神社で、例祭も行われるほどの神社だったことがわかる。資料には氏子の代表として3人の名前も記されており、氏子も多かったようだ。

しかし、明治42年(1902年)7月に唐突にこの神社は名を無くす。山向こうにあった、高生たかばね神社に合祀ごうしされるのだ。合祀とは異なる神々を一緒にまとめて祀ることで、この場合は天国三輪神社から御霊をぬいて、高生神社へ引越しさせることを指す。

実はこの時期、同じくして周辺神社が高生神社に移っている。筆者の考えになるが、この当時は神社合祀が国の政策として各地で押し進められており、あまりの強行さに反発する声が上がっていた。
よって現代のように信仰心が薄れて廃社になったのではなく、半ば強制的に消えてしまったのであろうと思われる。

大正4年(1915年)になると、荒廃してしまい周辺にあった巨木は切られ、拝殿なども荒れてしまった様子が「奈良縣高市郡志料」に残る。しかしながら、どうやら刀工には聖地のように親しまれていたようで、毎年11月15日になると境内にある鞴場ふいごばの跡焼刃の井水の土を、近隣の刀工が持ち帰っていたとも紹介されている。
度々土砂崩れなどで埋もれてしまった様子だが、この後の時代も建造物が残っている記述があるため人々が手入れをしていたのだろう。

昭和39年(1964年)発行の「高取町史」では神社の痕跡が確認できるものとして、中門・板塀・拝殿・鳥居・灯籠などが残っていたらしい。
平成の時代に入るとこれらの痕跡など記述が確認できなくなり、現在は鎮座している場所も確認が取れない状況になる。

これらの流れを確認すると、廃社の後も尼ヶ谷の人々はこの神を大切に祀っていたらしい。大神神社の御神体が山そのものであったように、天国三輪神社も杉の古木を御神祭としていたようなので、人々の自然への畏敬の念を神社は長年受け止めてきたのだろう。

神社に伝わる天国伝説

さて、天国の逸話はこの地域の長老たちが語り継いできた様子だ。この一帯にかつて住んでいた、東惣兵衛という人物が大正時代に資料を所有していたらしい。しかも、その資料のタイトルは「天国傳書」なるものだったそうで驚きだ。
原文のままだと非常にわかりづらいため、以下に簡単に翻訳したものをご紹介しよう。

第42代文武天皇の時代に剣を作れと勅命が下った。それに答えたのが、宇陀に住んでいた野依國太郎という人物だった。その昔、第11代垂仁天皇の治世に野見宿禰のみのすくねの子孫たちに刀を作らせたという勅命もあったため、國太郎は非常に恐縮し、勅命を有難く思ってなんとか天皇に名剣を献上せねばと思った。
ある夜、夢のお告げがあったので、妻子と別れて山に1人引きこもり、朝晩関わらず天に祈誓きせいしてた。すると大宝元年(701年)の春中頃、不思議と白狐が「刀を打とう」といって現れた。狐の相槌の助けを得て、見事な刀をつくることができた。このことから天國(天国)と号つけるようになった。彼が日本刀工の祖である。白狐は稲荷明神の化身であった。その後、この地に十一面観音の仏像を作り奉納した。

「奈良縣高市郡志料」より翻訳

資料には、元和8年(1622年)、元禄9年(1696)に加筆。そしてかなり破損してしまったので文化5年(1808年)に書物が改められているとある。

さて。刀剣の来歴などに詳しい方は後半の伝説に驚いたのではないだろうか。そう。三条宗近が稲荷明神の手助けを得て打った小狐丸のストーリーが、この伝説に波及している様子なのである。

読者の多くが「なぜ十一面観音を奉納したのか?」と思うかもしれない。これは江戸時代まであった神仏習合の思想が強く影響している。稲荷明神と十一面観音は当時同一視されていた。
明治維新後に神仏分離令が出てから、神と仏は独立していく。推測だが、明治時代に仏は寺社へ移されたのだろう。

また、この資料に登場する野依國太郎は野見宿禰の子孫として認識されていたのかもしれない。少々話の流れに無理があるのではないかと思えるが、大神神社の近くに野見宿禰の史跡があるから、関係がないとは言い切れない。
さらに宇陀市には古くから野依の地名が残っている。先日紹介した天国の井戸の遺跡の程近くだ。

しかし、宇陀と同じ天国なのかは疑わしい。というのも宇陀と高市(高取)の双方に古くから刀工がいたということが元禄時代に記された「古今銘盡(古今銘尽大全)」に残されているからだ。
高市郡に古くからいた、となると天国ではなく、鎌倉時代ごろから栄えた保昌派のことだろうと、「奈良縣高市郡志料」の著者も疑問を残している。

1000年以上の間、言い伝えている過程で逸話同士が混ざり合った可能性は過分にあるが、以前推論を述べた通り、この一帯の刀工たちの中にも「天国流」なるものがあったり、場合により上出来の刀に天国の銘を刻んだ可能性も言えるかもしれない。

それにしても、大物主大神・野見宿禰・稲荷明神・十一面観音とあちこちの神仏が勢揃いした逸話になってしまっているのが面白い。

さいごに

尼ヶ谷にはこんな逸話も口伝で伝わっていたようだ。

天国の存命時、吉野川の鮎を売る者がいた。その者は、毎朝数匹の鮎を天国に贈っていた。天国は感謝の印として刀を1振り鍛えて与えた。その刀は鮎の香りがし、刃には鮎が上下しているような模様があったという。

「奈良縣高市郡志料」より翻訳

鮎の香りというのが少々笑いを誘うが、恐らく刀の地金部分に潤いがあり、まるで鮎の模様のようになっていたことの描写であろう。
この地にいたのが天国なのかそうでないかは、確認のしようがないが、地域の人々は彼を称え、崇めていたように思える。また、周辺の刀工とも非常に関係性が深かったのではないか。

天国三輪神社は現状、文献でしか登場しない。しかし実は願っていた通り、この地の付近に今も古い鳥居跡が残されていることがわかった。
近日中に現地に赴き、人々が大切にしてきた神社の往時の面影を辿る予定である。

※古書の翻訳は専門家ではない筆者の手によるものです。詳細な描写などが一部異なる可能性もありますが、ご了承ください。


参考
・奈良県高市郡 編「奈良縣高市郡志料」 奈良県高市郡 1915年
・高取町史編纂委員会 編「高取町史」 高取町 1964、1992
・奈良県史編集委員会 編「奈良県史 第5巻 神社」 奈良県 1989年
・奈良縣管下大和国高市郡高取町大字清水谷小字天国 「什寳帳」 1891年
・奈良県立図書情報館 まほろばライブラリー 2022年9月4日最終閲覧
https://meta01.library.pref.nara.jp/opac/repository/repo/?lang=0 
大和大地図 嘉永(1850年?)ごろ
・歴史群像編集部「図解日本刀辞典」 学研パブリッシング 2006年
・早稲田大学 「古今銘尽」 2022年9月4日最終閲覧
https://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/i13/i13_00769/index.html 
・刀剣ワールド 保昌貞宗 2022年9月4日最終閲覧
https://www.touken-world.jp/ 
・名刀幻想時点 保昌派 2022年9月4日最終閲覧
https://meitou.info/ 
・神社巡遊録 高生神社 2022年9月4日最終閲覧
https://jun-yu-roku.com/yamato-takaichi-shimizutani-takabane/ 

資料集めにご協力いただいた皆様に、この場を借りて心よりお礼申し上げます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?