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#希死念慮
医療従事者が一律に「希死念慮イコール悪」と捉えているのに違和感
こんばんは。
多動と申します。
現在、メンタル休職中の三十路女です。
〜某月某日、某メンタルクリニックの面談室にて〜
看護師「余暇時間は何してるの?🙂」
私「シュウカツを再開しています😄就職活動じゃなくて人生を終える方の😄」
看護師「まーーーだそんなこと考えていたの😅そんな悲しいことばかり考えていないで、もっと楽しいことしたら?」
私「終活は楽しいですよ🥰死は希望ですから🥰
希死念慮が切羽詰まっていると、特急電車が通過するホームに近寄れないよね
希死念慮が切羽詰まっていると、特急電車が通過するホームに行くのを躊躇う。
無意識に、引き込まれるように線路に飛び込んでしまいそうだから。
やむをえず、特急電車が通過するホームに行かなければならないときは、できるだけ線路から離れたところに立って、柱にでもつかまって、「気を確かにするのだ…」と自分に言い聞かせて踏ん張っている。
河川を渡るのも躊躇う。
橋の上から水面に飛び込んでしまいそうだから。
自殺イコール悪いものとは思わない
有名人の自殺報道が起こると、
セットでメンタルヘルスの専門家の「自殺報道につられないで」と言ったコメントや、自殺相談窓口の情報がついてくる。
自殺イコール悪、という社会通念が浸透していることを感じる。
自殺って本当に悪いことなんだろうか?と私は思う。
躍起になって止めないといけないもの?
根拠は?
自殺をすることは別に法律違反じゃない。
確かに自殺をすると、その場所を事故物件にしてしま
我々の希死念慮は、地球のマグマから発生する自然現象に過ぎない
※ 当投稿はとてもあやふやな科学知識で書いています。信憑性は薄いのでテキトーに読んでくださいね☆
こんばんは。
多動OLと申します。
最近、希死念慮がひどいです。
発作のように湧き出てきては胸に充満して苦しい状態が続いています。
頓服を飲んだり
アルコール飲んだり
ひたすら歩いてセロトニン分泌を促したり
夜だったら寝逃げを試みたり
必死で対処しています。
* * * * *
猛烈
9割の惰性と1割の希望で生きている
希死念慮と付き合いながら生きている。
私の希死念慮には波がある。
体調の良好なときや、楽しみな予定がいくつも待っているときは、希死念慮は水面下に潜む。
一方で、体調不良と戦っているときには、希死念慮が現れやすい。
希死念慮はふわ〜と浮かぶように現れることもあれば、突き上げるように激しく現れることもある。
後者の現れ方はまるで発作のようで、本当に苦しい。おさまるまで数時間はかかる。
「死にたい」も前向きな感情の一つだと思うの
私は「死にたい」も前向きな感情の一つだと考えています。
※この投稿でいう「死にたい」感情とは、精神疾患の症状として引き起こされているものではなく、信条や価値観として能動的に有しているものを指しています。
もしも今、毎日がすごく辛くて、何も楽しいと感じられなくて、どうしようもなく苦しくて消えたいという状態の人は、この投稿を読むよりも先に心療内科を受診することを大推奨します。病院の処方薬は、切迫し
希死念慮をラフに語れる場があったらいいなと思う
希死念慮との付き合いはまあまあ長い。
これからも、希死念慮と共存しながら生きていくのだと思う。
くわしい希死念慮歴は前の投稿に書いた。
最近、希死念慮をもっとラフに語れる場があったらいいなと思う。
希死念慮という感情は、一度心に刻まれてしまったら、もう元には戻せない不可逆性がある。例えがあれで恐縮だけど、非処女が、処女だった頃の自分には戻れないのと似ていると思う。
一度心に刻まれた希