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【長編小説】冬の民宿 第十話~最終話

あらすじ
最後まで、躊躇して、離婚届けを提出していなかった良美。娘の風菜と、一時的に、元の旦那トオルと、過ごしていたが、二人が、最後的に、出した答えたは、ジンのところだった。新たな再スタートをきったが…浮かれてもいられない。SNS上で、トレンドの民宿「朝里」に、予約が殺到し、怪我で入院中の沙羅子不在のまま、能天気で不器用なジンと、料理が出来ない良美が、営業を再開する。

登場人物紹介
【神崎仁雷】
通称ジン。能天気で、お調子者。いい加減で、だらしないが、面倒見が良く、根は優しい。
そして、いざというとき時は、頼りになる。
【神崎良美】
通称良美。頭が良く、一流企業に俗していた元キャリアウーマン。また、美貌も兼ね揃えている。
しかし、感情表現に欠け、サバサバした口調と、人を見下す癖があり、性格に少し難がある。
【沙羅子】
良美の姉。二児の母だが、姑と反りが合わず、
民宿「朝里」に、働きながらずっと居ついている。
ジンと、波長が合い、良美とは正反対の性格で、
何事も積極的で、前向きな一面と、面倒見が良く、
気配り上手な持ち主。
【神崎風菜】
良美と元の旦那トオルの娘。幼少の頃は、明るくて、素直だったが、思春期になると、ろくに口も利かず、自分の部屋に閉じ籠ってしまう。
だが、ジンと離れて、偉大さと、恋しさに気づき、
再び、元の性格に戻った。学校帰りや、休日は、民宿を手伝う。
【トオル】
良美の元旦那。エリートで、性格も良いが、
どこか、男としての魅力に欠けている。
【香代美】
良美と沙羅子の妹。CA勤務。独身。
男に一切、興味を示さず、長期休暇は、実家の民宿で、ゆっくり過ごす。
【仲越】
通称仲さん。経営コンサルタント。

この物語はフィクションです。

第十話 「民宿荒らし」

何事もなく、健康で、平凡な毎日を過ごせることが、
一番の幸せだと、感じる今日この頃___。

それを噛みしめて、今朝も元気良く「おはよう!」と、挨拶するジンの姿があった。
「朝っぱらから、うるさいなぁ…その元気を少しでも、仕事に役立ててよ!」
そう呟いたのは、世の中、物事、全てを数字でしか信用しない、どこか人間味に欠けている、妻の良美。
相変わらず、ここ新潟県は、上越市に位置する民宿「朝里」は、真冬にも、関わらず、大繁盛している。
本日も、予約客で、いっぱいだ。
平日休みの美容師やデパート勤務等のサービス業の輩達が、週末以外、八割を埋める。
普通の会社員と違って、髪型やファッションが奇抜だ。そして、今日、緑色の頭に、シルバーアクセサリーをじゃらじゃら着けた男が、やって来た。
隣には、赤のヘアカラーでショートカットの小柄な彼女らしき人物もいる。パンダをモチーフにした、ポシェットを肩から腰に、斜めに身に纏っているのが、特徴的だ。チェックインを済ませ、客室を案内し終わるまで、二人は、ずっとイチャイチャしていた。
それから、数分後に、一人の大柄な男が、
「二泊、世話になるぜぇ。」と、玄関先で、挨拶して
入って来た。偏見かも知れないが、強面で、腕には、チラリと墨が見えた。若者のファッションタトゥーとは、比べものにならない。純金のネックレスも、キラキラ目立つ。あきらかに…反社の人間だろう…?
手に持っているアタッシュケースの中身は、
麻薬?それとも密輸した拳銃が入っているのか…?
犯罪の匂いがプンプンとする…。
良美と、台所で、ひそひそ話合う。
「ねぇ…あの人…厄介事を起こす前に、断った方が良いんじゃない?」
「確かに!一人で泊まりに来るなんて、逃げ回って、身を隠しに来たか、何かの取引をしにやって来たに違いないよね…?警察沙汰は勘弁だし、俺、断ってくる。」
受付で、「まだか!まだか!」と、やや苛立っている男が、内ポケットから財布を出し、ドスの効いたハスキーボイスで呟いた。「前金で、二万円な!釣りは、要らねえ。とっとと、部屋に案内しろ。」
恐くて、何も言えず、ただただ「はい。」としか、答えられず、言いなりになっているジンに、遠くで、見守っている良美は(バカ!)と、口パクで、罵って、呆れていた。
そそくさと、部屋案内を済ませ、足早に去ろうとしたジンに、男が、脅迫まがいな口調で、話かける。
「おう兄ちゃん。ビール持って来いや!大瓶で二本」
「は、はい。直ちに。」
言われるままに、用意した。そして、こんなことを問いかけた。「あのう、何かおつまみは…?」
「いらん、いらん、行ってよし。」
「は、はい。では、ごゆっくり。」
一階では、本日最後の予約客が、チェックインしていた。良美が対応していた。見た感じ、普通のご夫婦だ。変な輩ばかり訪れて来たので、少し、安心した。

夕食時間___________。
リビングの大きなテーブルで、全員集まって食事する。希望があれば、各自の部屋に運ぶが、
独特なファッションのイチャイチャカップルと、
ほぼ反社確定のイカツイ中年男性。
そして、何処にでも居そうな、ごく普通の夫婦と、
異様なメンツが揃った。
室内は、暖房も、床暖房も、入っていて、暖かいが、それでも、真冬の新潟は寒い中、反社の男が、半袖だった。しかも、モロに…立派な刺青が見えている。
不思議と、カップルも夫婦も、脅えている様子はなく、しれっとしていた!
ビビっているのは、ジンだけである。
そこへ、学校帰りの娘の風菜が、やって来た。
食卓を囲んでいる客達に、「いらっしゃいませ。」と、頭を下げて挨拶する。
それに反社が、反応する。「可愛いお嬢さんだね!」
「あら、嬉しいです!」そう言って、お酌した。
風菜も、入れ墨を見ても、微動だにしない。
「ここの娘さん?」、「はい!」、「何年生?」
あまり、関わって欲しくなかったので、
男と会話の最中に、割って入り、こう告げた。
「風菜ちゃん。手を洗って、うがいして来なさい。」
風菜の登場により、タイミングを逃した緑の髪色の男が、問いかける。「もう食べてイイッスカ?」
それに、良美が、「どうぞ。どうぞ。」と答える。
メニューは、イカゲソ、生春巻、冷奴に、枝豆だ。
一口頬被って、緑の男が、信じられないことを口にする。「マズッ!」、連ねて彼女も、呟く。
「ツイッターで話題だから、来てみたけど、部屋も料理も、対したことないね…。」
「申し訳ございません。」良美が直ぐに、謝る。
カップルは、スクッと立ち上がり、「口直しに、イタリアンでも食べ行こうか!」、「いいね!」
そう言って、その場を去る寸前に、反社の男が、止める。「おい!待てや。ちゃんと全部食え。」
「あぁ?何だオッサン…。俺達は、客だぜ!食べようが、残そうが、自由だろう?アンタに指図される覚えはねぇ!」
「客だろうが、関係ねぇ!作った人間に失礼だし、食べ物粗末にするんじゃねぇ!」
顔や、体型は、恐いが、意外とまともなことを言う。
少し、見直したが、良美は、頭ばかり良くて、料理は、一切出来ない。お世辞にも、食えた物ではない。
だが、反社の大男は、無理をしているのか?味音痴なのか次々と、ペロッと平らげていた。
それにしても、緑色の男は、かなり度胸がある!
腕なんか、三倍以上、太さが違うし、身長も、かなりの差があり、喧嘩したら、火を見るより明らかだ。
なのに、平然と、喧嘩腰な目付きと口調で、男に訴えかける。
場は、変な空気が漂い、「チッ」と舌打ちして、
緑色の男が、折れて、再び、腰をおろした。
一方で、夫婦達は、何事もなかったかのように、
黙々と、食べていた。

翌日____________。
朝食で、緑色の男と、反社の男が、顔を合わすなり、火花が散っていた…。一触即発状態だ…。
しかし、もっと悲惨なことが起こっていた。
「ちょっと来て。」と、小声で、良美に呼び出され、
何事かと、耳を傾けると…

「金庫に入っていたお金が、盗まれたの!」

「ええー!?」
二百万近く、貯めてあった売り上げ金が、何者かに、よって盗まれたみたいだ…!!
良美が、言葉を付け足す。
「昨日の夜までは、ちゃんとあったのを確認したから、深夜から早朝にかけて…この中の誰かが盗んだ可能性あるわね…。」
誰がどう見ても、まず反社の男を疑う。
娘の風菜が、呟く。「そういえば、夜中トイレに起きたら、あのオジさん、何かコソコソしていたよ。」
「本当か!?」
「警察呼ぶ?」
「その前に、俺が、確認する。」
ズカズカと、近寄り、反社の男に問いかける。
「あ、あのう、…」
「何だ?」
「き、昨日…」
「昨日が、どうした?ハッキリ言え!」
「昨日…天気良かったですよね…。」
「はぁ?何訳わからないこと言ってんだテメー!」
「はい。すみません。」
しっぽを巻いて逃げて来たジンに、つくづく呆れ顔をして、「この役立たず!」と、一喝した良美が、
今度は、同じ質問をぶつける。
「つかぬことお聴きしますが、昨日の深夜、何されておりました?」
「あ?」
「娘が、民宿内を貴方が、物色していたと言っていたのですが。」
「酒飲みたくてよ。起こしちゃ悪いと思って、勝手に冷蔵庫から、取り出して、ついでに、つまみ探していたんだ。料金は、ちゃんと払うから。」
「それだけですか?」
「どういう意味だ?話が見えんのだが…」
ジンが、さっきまで、おどおどした態度と、うって変わって、真剣な面持ちで、全員に告げた。
「実は、昨夜、金庫から、大金が、盗まれました。犯行前に、お金は、確認済みなので、疑いたくありませんが、この中に、いる誰かが、犯人だと思われます。もし、今、名乗りあげたのなら、警察につき出しません。心辺りある方は…」
緑頭の男が、反社の男に大声で、こんな台詞を口にする。「オッサンだろ!さっさと、盗んだ金返せ!」
「何だとコラ!俺は、ヤッてねえ!お前らこそ、怪しいぞ!」
「は?どこが?」
「聞けば、無職なんだろう?金欲しさに盗ったんだろう?」
「タッくんが、そんなことする訳ない!」赤色の彼女が、庇う。そして、取っ組み合いの喧嘩になった。
ジンが、仲裁に入り、呟く。「やめて下さい!一人一人、話を伺わせて下さい。」
どうでも良いが、この状況下の中、夫婦は、坦々と、朝食をむさぼっている。
緑色の男が、質問がてら、語り出す。
「いや俺達、マジで、大人しく寝てたし、盗んでないよ!大体、防犯カメラとか付けてねぇーの?」
設置する費用は、あるが、防犯カメラがあると、
客は寛げないという理由から、付けていない。
やはり、こういうことがあるから、付けた方が無難か(?)隣の彼女は、ある提案をする。
「ていうか、一人一人荷物検査すれば良いじゃん!」
自信満々に、そう呟くカップル達は、多少、怪しかったが…潔白っぽい。
その提案を飲んだ。ジンと、良美が、コクりと、頷き合い、「誠に勝手ながら、今から、各部屋に入って荷物検査させて、頂きます。皆様は、ここから動かないで下さい。よろしいですか?」
「俺は、これから大事な用事があるから。」と言って、足早に反社の男が、その場から、立ち去ろうとする。ジンが、すかさず追っかけて、問い詰める。
「直ぐに、終わりますから!そのカバンの中身開けて下さい!」
「これは、見せられねぇ。本当に時間ねぇーんだよ!」
そう言い残し、ジンを突き飛ばして、その場をあとにした。
「絶対あいつだよ…。悪いことは、言わねえ、早く通報しな!」緑色の男が、そう告げた。
その場にいる、全員が賛同した。
良美が、ケータイを取り出して、警察に電話した。
「ちょっと待って!!」
土壇場で、ジンが、止める。
「どうしたの?」
「あのオジさん。恐いけど、違う気がする…。」
「根拠は?」
「上手く言えないけど、悪い人間じゃ無いと思う。とりあえず、全員の荷物検査してからじゃいけない?」

約二時間かけて、念入りに、しらみ潰しに各自の部屋を漁るも、現金は、出て来なかった。
「仕方ない、通報して。」ジンの呼びかけに、
スマホを取り出して、電話をかけようとしたら、
ある物が、良美の視界に飛び込んで来た。
廊下に、車の鍵が落ちている。
昨日までは、確かに落ちてなかったのに…
疑問を抱き、鍵の主を問いかけたところ、
夫婦が、挙動不審に、名乗り出た。
(怪しい!)と、直感で、感じた良美は、
「ちょっと、車の中、見せて頂いて、よろしいですか?」と、質問をぶつけてみるも…
拒んだ!そして、急に旦那があたふたして呟く。
「チェックアウトします!」
ジンが、強制的に車を調べた。
奥さんが、血相を変えて、追っかけて来て、
こう言った「やめて下さい!プライバシーの侵害ですよ!」
トランクを開けたら…
現金二百万円が、出て来た!

リビングで、土下座して、謝っていたが…
ジンと、良美の判断は、最後まで、名乗りでなかったことと、隠し通そうとしていたことから、悪質と、決断して、警察を呼んだ。
全国指名手配中の民宿荒らしだったらしい…。
人は、見かけによらないものだ。
真面目そうな、どこにでもいそうな、ごく普通の夫婦が、泥棒だったとは…。

その日の夜に、用事で、出掛けていた反社の男が、帰って来た。全員で謝る。
「犯人が、捕まりました。あの夫婦でした。疑って申し訳ありませんでした。」
「本当に、ごめんなさい。」
男は、ジンの言う通り、器は、デカかった。
「そうか、パクられたか!まぁ、良いさ、俺も、こんな身なりだから、疑われても当然だ。それより腹減った。飯だ、メシ!」
緑色の男が、ビール瓶を持って、お酌する。
「オッサン、疑って悪かった、俺の奢りだ。」
彼女は、肩を揉んでいた。
「オメエら…随分、調子が良いなぁ…。でも、ありがとうよ。」
この事件により、ギスギスしていた、緑の男と、反社の男は、和解して、肩を並べて、朝まで飲み明かしていた。

下手くそで、耳障りな、歌声と笑い声が、
夜中じゅう、民宿内に響き渡っていた。

翌朝__________。
鬼の形相で、食卓に仁王立ちで立っている良美がいた。そして、全員に告げた。
「あのう…私の財布から、二万円、失くなっているんですけど!誰か知りませんか!」
二日酔いで、ダウンしている、緑の男と反社の大男は、(違う!違う!)と、手でジェスチャーする。
パンを頬被りながら、のほほんとして、彼女も、
首を横に振る。風菜も、「知らない!」の一点張り。残されたジンの動きが、ピタリと止まった。
良美に背をそむけ、どこかに立ち去ろうとする。
「待ちなさい!」
恐ろしくて、ジンは、振り返れない…。
「アンタでしょう!何に使ったの!」
「行きつけのネーチャーンの飲み屋で、少々…。」
白状して、直ぐに土下座で謝った。
「ごめんなさい。もう二度としません。」
(はぁ…。)とため息をついてから、良美が呟いた。
「ダメ!許さない。しばらく小遣い無いから!」
「そんな~…。」

つづく

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