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村上龍『69(sixty nine)』に登場する60年代ロックを解説する

村上龍の書いた唯一の青春小説である『69 sixty nine

彼自身の高校時代の出来事を綴ったこの小説には、そのエピソードをともに、”あの時代”の音楽たちが数多く登場します。

私がこの小説を読んだのはかれこれ15年ほど前、高校2年生の頃のことでした。

当時既に60年代ロックを好きで聴いていた私は、実際にこの時代を若者として生きていないにもかかわらず、すんなりとこの小説の世界に入り込むことが出来ました。

しかしながら、現代の高校生の皆さんが、この小説を読んだ時、その内容を理解することはできるとは思いますが、これらの音楽(60年代ロック)を知っているのといないのでは、おそらくその面白さが半減してしまうことでしょう。

そこで、今回の記事では、これからこの小説を読もうと思っている若い方々のために、『69(sixty nine)』に登場する60年代ロックの数々を、解説してみたいと思います。


◆アルチュール・ランボー

一九六九年、この年、東京大学は入試を中止した。ビートルズはホワイトアルバムとイエローサブマリンとアビーロードを発表し、ローリング・ストーンズは最高のシングル『ホンキー・トンク・ウイメン』をリリースし、髪の長い、ヒッピーと呼ばれる人々がいて、愛と平和を訴えていた。(P7)

村上龍「69(sixty nine)」


ザ・ビートルズ『ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)

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ザ・ビートルズ(ホワイト・アルバム)

通称『ホワイト・アルバム』。

前作の『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』のサイケデリック・ロックから一転して、ブルース・ロック、ハード・ロックを基調とした多様な音楽性を2枚のアルバムに凝縮した後期ビートルズの傑作。

英米では前年の68年に発売されたが、日本では、少し遅れて69年の発売となっている。


「おい、アダマ、お前ね、クリームって知っとっか?」
「クリーム?アイスか?」
「ばあか、クリームってイギリスのバンドの名前やっか、知らん?」(P10)

村上龍「69(sixty nine)」
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主人公のケン(高校時代の村上龍)は、親友のアダマ(山田のニックネーム)とともに、高校の秋の学園祭でのフェスティバル開催に向けて動き出します。


クリーム『クリームの素晴らしき世界

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クリームの素晴らしき世界

エリック・クラプトンが在籍したスーパー・グループ、クリーム。

68年に発売された2枚組のサード・アルバムでは、後のレイド・バックしたクラプトンからは想像出来ないような激しいギター・ソロを展開している。


◆アイアン・バタフライ

次にやるべきは、主演女優探しである。松井和子以外にいないと僕は主張した。

村上龍「69(sixty nine)」

アダマも岩瀬も、それは無理だ、と言った。松井和子は「レディ・ジェーン」というニックネームを持つ、他校にも名がとどろく美少女で、しかも英語劇部だったからだ。(P32)

村上龍「69(sixty nine)」


ザ・ローリング・ストーンズ『アフターマス(UKヴァージョン)

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アフターマス(UKヴァージョン)

1966年に発売されたローリング・ストーンズのアルバム。全曲ミック・ジャガーとキース・リチャーズのオリジナル曲で構成された最初のアルバムとなった。

A面3曲目に収録された『レディ・ジェーン』は、ブライアン・ジョーンズの奏でるチェンバロ(ハープシコード)の響きが美しいバラードである。


◆レディ・ジェーン

「あのさ、『レディ・ジェーン』って、誰が付けたと?」
「先輩」
「ストーンズの曲から?」
「うん、そう、うちね、あの曲、好きやったけん」
「よか曲やもんね、ストーンズ好きと?」
「いや、ストーンズはあまり知らんとよ、ディランとかね、ビートルズ、でも一番好いとるとは、サイモンとガーファンクル」(P43)

村上龍「69(sixty nine)」


サイモン&ガーファンクル『ブックエンド

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ブックエンド

1968年に発売されたサイモン&ガーファンクル4枚目のアルバム。

映画『卒業』に使用され、後に再録されシングル・カットされた「ミセス・ロビンソン」は彼らにとって2作目の全米No.1となっている。


◆ジャスト・ライク・ア・ウーマン

文系進学クラスが並ぶ廊下で、松井和子に出会った。レディ・ジェーンは、両手を後に組んで、『ジャスト・ライク・ア・ウーマン』をハミングしながら、微笑んだ。(P101)

村上龍「69(sixty nine)」


ボブ・ディラン『ブロンド・オン・ブロンド

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ブロンド・オン・ブロンド

ボブ・ディランが1966年に発売したフォーク・ロックの集大成とも呼ぶべきアルバム『ブロンド・オン・ブロンド』からシングル・カットされた「ジャスト・ライク・ア・ウーマン」は、全米チャート33位を記録。

後に彼にとって初めてのベスト盤『グレイテスト・ヒッツ』にも収録されている。


◆リンドン・ジョンソン

「松井、ジャニス・ジョプリン、好いとるか?」
「あ、そのレコード知っとる、声のしわがれた女の人やろ?」(P120)

村上龍「69(sixty nine)」


ジャニス・ジョプリン『チープ・スリル

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チープ・スリル

1968年に発売されたジャニス・ジョプリンのセカンド・アルバム。

彼女の代表曲『サマー・タイム』でのブルース・フィーリング溢れるハスキー・ボイスは只々圧巻である。


◆ヴェルヴェット・アンダーグラウンド

ケンはフェスティバルの会場に生きたニワトリを放そうと考え、アダマに提案するのだが…。

アダマに一枚の写真を見せた。『美術手帖』の一ページ、ニューヨークで行なわれたヴェルヴェット・アンダーグラウンドのコンサート風景、会場には、牛や豚や、ガラスケースいっぱいのネズミや、籠いっぱいのオウムや、鎖につながれたチンパンジーや、檻に入った虎までいるのだった。(P199)

村上龍「69(sixty nine)」


ヴェルヴェット・アンダーグラウンド『ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ

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ヴェルヴェット・アンダーグラウンド・アンド・ニコ

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドが1967年に発表したデビュー・アルバム。

ジャケット・デザインをプロデューサーのアンディ・ウォーホルが手掛けている。


「大切なのはね、その精神を受け継ぐことなのだよ。ルー・リードは、世界の混沌を表現するために、コンサートで鳥や動物を使ったのだ。その精神だけでも学ぶべきではないか」

村上龍「69(sixty nine)」

「ニワトリで? 世界の混沌ば表現する?」
しかしアダマは優しい。

村上龍「69(sixty nine)」

アダマは信じている。僕を信じているのではない。アダマは、一九六○年代の終わりに充ちていたある何かを信じていて、その何かに忠実だったのである。その何かを説明するのは難しい。
その何かは僕達を自由にする。単一の価値観に縛られることから僕達を自由にするのだ。

村上龍「69(sixty nine)」


◆イッツ・ア・ビューティフル・デイ

松井和子は優しくて、きれいで、頭がよく、愛情に恵まれて育っている。『冷血』で描かれた世界は案外そのすぐ傍にあるのだとしても、それを直視し続けることは必要なのだとしても、やはり大切なのは、最後に天使が言った「うち、ブライアン・ジョーンズの、チェンバロの音のごたる感じで、生きていきたかとよ」ということなのだ。

村上龍「69(sixty nine)」

サンドイッチがほとんど残ったまま、僕たちは冬の海を離れた。(P212)

村上龍「69(sixty nine)」
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さて、『69 sixty nine』で描かれている60年代ロックを振り返ってみましたが、いかがだったでしょうか?

これらの音楽は、2016年の現在になっても、全くその輝きを失うことなく輝き続けています。

それは、きっと、これらの音楽の中に宿っているであろう、村上龍もこの小説で書いている、『一九六○年代の終わりに充ちていたある何か』によるものに思えてなりません。

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安保法案を巡って国会や世論が紛糾する中、高校生たちが街頭でデモを展開しています。

あるいは、「保育園落ちた日本死ね!!!」問題に対して、多くの女性が立ち上がって声を上げ始めています。

あの日、学校でバリ封(バリケード封鎖)を敢行したケンやアダマと同じ、そこには、自由を含めた大切なものを自分たちの手から引き剥がそうとする者に対する、彼ら、彼女たちなりの精一杯の抵抗なのではないでしょうか?

この小説のあとがきで、著者である村上龍は次のように記しています。

一九六九年に生まれた人々は、ひょっとしたら今(一九八七年五月)高校生なのではないだろうか?
できれば、そんな人達に、読んで欲しい。

村上龍「69(sixty nine)」

楽しんで生きないのは、罪なことだ。わたしは、高校時代にわたしを傷つけた教師のことを今でも忘れていない。
数少ない例外の教師を除いて、彼らは本当に大切なものをわたしから奪おうとした。
彼らは人間を家畜へと変える仕事を飽きずに続ける「退屈」の象徴だった。
そんな状況は、今でも変わっていないし、もっとひどくなっているはずだ。

村上龍「69(sixty nine)」


安保法案が可決され、マイナンバーが施行され、TPPが導入されようとしている現在(いま)…。

こんな時代だからこそ、全ての人に読んで頂きたい小説『69 sixty nine』。

そこには、私たちが失ってはいけない大切な何かが確かにあるのです。


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