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愛があふれてレビューにも感想文にもならなかったけれど、人生を揺さぶるカッコいいコンビがいることを知ってほしい

明転とともに男が舞台に飛び出してくる。続いてもうひとりゆったりと現れ目出し帽を脱ぎ捨てる。2019年秋、椅子だけの簡素なセットのライブハウスはコントの世界へと変容した。2人の間に流れた緊張感は客席をも吞み込み、渾然一体と化す。幕が開けるその直前まで、ガラス越しに眺めるような気持ちで座っていた。不意にステージの男と目が合う。見えない壁は一瞬にして砕け散る。彼らは自分たちの信じる笑いを武器に、全身全霊で勝負に来ていた。気迫に痺れたその刹那、容赦なく笑いの弾丸に撃ち抜かれる。

当時、私は過労と職場の人間関係に疲れ、日々を過ぎるままに過ごしていた。書く仕事がしたいという夢はあるものの、経理としてテンキーをいじるだけで1日は終わっていく。タイピング音の数だけ感情は遠く深く離れていった。

書くどころか文字すらまともに頭に入ってこない。目の前で話しているのに言葉として認識できない。そんな時に見つけたのがしずるの『能力者』の動画だった。高校時代、レッドシアターというコント番組の、中でも『清美と川口先生』のネタが大好きだった。鈍感で思わせぶりな教師と彼に恋する純情なヤンキー女子高生のシリーズで、じれったくて、きゅんとして、それでいて笑ってしまう。ただ面白いだけじゃなく豊かな感情をくすぐってくれる。これもお笑いなのかと夢中になった。わずかな懐かしさに縋ってクリックする。いつもなら内容が入ってこないうちに終わってしまうのに、しずるのネタはセリフだけでなく間や仕草、そこから生まれる空気感が思考をすっ飛ばし、感性を直接刺激した。次々と動画を再生し、気づけばライブのチケットを購入していたのだ。

最後のトークで「サンドイッチマンさんにくすぶってるといじられて」とふたりは語っていたが、照らされた白シャツ、額に滲む汗、伝えようと動く爪先、私から見たしずるはぜんぶが輝いていた。熱を放っていた。この人たちについていきたい。くすぶっていた心に憧れとも救いともつかない炎が灯った。名古屋駅までの道中、涙で滲んで前が見えなかった。

それから私は過去に発信された媒体をかき集め、ライブに足を運んだ。ファンのお友達もでき、スペースやクラブハウスなどしずる村上さんご本人とお話する機会にも恵まれた。知れば知るほど好きになっていく。と同時に、なぜもっと早くファンになっていなかったのか、あのライブを生で観たかったと巻き戻せない時間を思った。


そこへ発売されたのが、しずる村上さんの自伝的エッセイ『裸々』(KADOKAWA)である。とんねるずやダウンタウンに憧れ、笑わせることにカッコよさを見出した幼少期、お笑いという未知の世界に飛び込んで、相方となる池田さんと出会う養成所時代、解散、謹慎を経て、レッドシアターで大ブレイク、そして今に至るまで、芸人としての約20年が詰め込まれた1冊だ。

取りこぼした時間を埋め合わせるように、1ページ1ページ大切にめくっていった。笑いを取る難しさ、初めてウケたときの快感、オーディションのひりつくような緊張感、同じ夢を持つ仲間と過ごすかけがえのなさ、憧れの人と仕事をする喜び、不安定な世界にかかる生活の切実さ……。笑いに向き合う日々の一瞬一瞬が、村上さんのみずみずしい感性を通して伝わってくる。

特に印象的なシーンが養成所での初回のネタ見せの授業だ。ガンガン講師にネタを披露する生徒たちを傍目に、コンビを組んでいない村上さんは見学に徹する。そのまなざしが、ほろ苦い。

そこそこウケたり、ずっとスベったりするクラスの者たちのネタを見て、「まあまあこんなもんか」「前にかじってたのかな、かたちはできてるな」などと心でつぶやいていた。ネタ見せができず自分のアピールができない代わりに、他のヤツらのネタを肯定しないことで自分とヤツらの差を作らないようにした。(p.24)

村上さんはその後2か月ネタ見せに参加しない。ようやく坂田さんという同期と漫才をするもスベってしばらく休む。解散して、池田さんとのコンビ結成を考えるも2週間切り出せず……。

やりたいことははっきりあって、自信もある。だけど、王道少年漫画の主人公のようになりふり構わず突き進むわけではなく、周りを意識して、比較して、負けないよう負けないように行動していく。その勝負しきらない感じがカッコわるくもあるのだけど、夢の甘い部分だけをかじってぼんやり過ごしていた頃の自分を重ねて私はどうしても親近感を抱いてしまう。自信があるから、本当に好きなことだから、否定されたら逃げ場がない。カッコよくありたいのに、一歩一歩、踏み出す先を探っていたら不格好になっている。


一方で、相方の池田さんにはどんな状況でも攻めるストイックさがある。ボケとリアルの境を吹っ飛ばす演技力と、とんでもない角度からの起爆力を武器に、初授業から爆笑を掻っ攫う。絶対に外せない舞台だって新ネタで挑みたい。村上さんはそういう池田さんの魅力に惹かれるのだが、テレビ番組やキングオブコントのネタ選びなどでたびたびぶつかってしまう。

さらに、しずるはふたりともネタを書く。互いにプライドを詰め込んだネタだからこそ、単独ライブというひとつのイベントをつくり上げていく過程でぶつかりあい、摩擦が生まれる。

 ライブをやる目的は、ライブに来てくれたお客さんに面白いと思ってもらうこと、笑ってもらうことだ。
 ただ、それまでの僕は自分のコントが採用されること、自分のコントの方が面白いんだとプライドを持つことが目的の一つになっていたということに気づいた。(p.285)


着実にチャンスを掴み、若くしてお笑いブームを牽引し、その後も賞レースで結果を残しネタで評価されてきたしずるは、私にはスターに見える。その裏で村上さんはなんども自分のセンスを信じてよいのか、しずるとしてどう進んでいくか揺らぐし、迷うし、考える。だが、そのたび、お笑いの道を選び続ける。自分がおもしろいと信じるコントを選び続ける。その上で、池田さんのセンスも受け入れ、相方として選び続ける。それらを丸ごと成立させる道として、単独ライブの演出を別々に担当するしずる独自のスタイルを築いていく。

青春時代の私を熱狂させた、ドラマチックで喜怒哀楽に収まらない情感豊かな村上さんのコント。くすぶっていた私に火をつけた、間の緩急と世界観で撃ち抜く池田さんのコント。観る人の人生を動かすものをふたりともがつくり、互いのネタの面白さを最大限に引き出す。自分のスタイルを否定しないし、相手のセンスも信じる。

「こういう服も着てみなよ」「自分の意見をはっきり言ってよ」「もっと明るく考えてみたら」……。日常には相手を変えたい思惑が大なり小なりあふれている。自分を抑え込まずに相手を受け入れるのはとても難しいことだから。その壁を乗り越え、唯一無二の武器を手に入れたしずるは、めちゃくちゃカッコいいと思うのだ。

これまでなんどもファンとしての自分がいない過去を思った。どうしても埋め合わせたい時間を『裸々』という魔法を使い駆け戻った。そうして村上さんの五感を借り、しずるの半分を味わった。わかったのは時間をかけて向き合い選び続けたから今の彼らがあるということ。そして今こそ、新たなシナリオがはじまろうとしているということ。

 しずるで真剣勝負をし続けたいと思っている。(p.336)

最高の真剣勝負はこれからだ。過去ではなく今この瞬間の幸せを噛みしめさせてくれるしずるが、まだまだ新しい笑いを期待させてくれるしずるがやっぱり好きだ。


◉村上純『裸々』(KADOKAWA)


◉「能力者」

一度は言ってみたい冒頭のセリフ、繰り返されるキャッチーなシーン、笑えるんだけどちょっと切ないキャラクター。疲れ切っていることすら忘れて楽しんでしまう。

◉「清美と川口先生」

高校時代に夢中になった甘酸っぱいコント。気づいたら清美ちゃんに感情移入して、応援している自分がいる。村上さん作のコントはKAƵMAさんの七変化っぷりも魅力的。

◉「ボス」

愛知単独で衝撃を受けたコントのひとつ。椅子だけで瞬く間に世界を立ち上がらせ、観客を引きずり込んでから笑いを畳みかけてくる。KAƵMAさん作に出てくる村上さんの役はちょっとかわいげがある気がする。

◉「シナリオ」

数年前にエンタの神様で披露されていたのだが、渋みが増していてまた違った魅力にくらくらした。同じコントでも見るときどきの魅力があっていい。あと、しずるのコントには使いたくなるワードがいっぱいあって「シナリオ」もそのひとつ。この感想文の中にもいくつか散りばめたので、ぜひ動画を見て、ライブに行って、ハマってしまう感覚を味わってほしい!


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