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すごく ふつう すこし ふしぎ

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少し不思議で、凄く普通な日常短編です。
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#ファンタジー

涙雨、虹が立つ(2)

涙雨、虹が立つ(2)

「大変でしたね。紅茶とコーヒー、どちらがお好きですか」
牛乳はないのです、と女は申し訳なさそうに言った。
いいえ、そんな、と私はまごつきながらコーヒーをお願いする。
急にやってきて文句なんて言えるはずもない。
むしろ休ませてもらえるだけでも恐縮である。
キッチンへと消える女の後ろ姿を見送って、私はようやくほう、と息をついた。
まさか住人がいるとは。
案外「迷い家」の伝承をどこかで信じていたのかもし

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涙雨、虹が立つ(1)

涙雨、虹が立つ(1)

汗がじわり、と浮かんだ。
綿のシャツとジーンズが肌にまとわりついて酷く不快だ。走ったわけでもないのに、心臓が激しく脈打つ。
普段は動いているかどうかなんて気にもしないこの左胸にある臓器は、案外きちんと毎日毎秒仕事をしていたらしい。
止まってくれてかまわないのだが。
希死念慮に憑かれているといつも嘯くくせに、いざその瞬間が近づいているような気になると急に臆病者が顔を出す。現金というべきか、意地汚いと

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月を飼う

月を飼う

月を買った。
ひとつ大体1万円前後でホームセンターの一角、犬や猫、ネズミが蠢く獣くさいコーナーで売っていた。
クレーターの場所だとか生産地でそれなりにブランドのようなものがあり、高価なものだと10万円は下らないらしいが特にこだわらなければ1万円あたりが相場らしい。
これは先程の獣くさいコーナーで話しかけてきた店員の受け売りだ。
わざわざ事の真偽をネットで調べるほど気にはならなくて、財布を出しながら

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