第1章【タロジロと私。ときどきお父ちゃん】①ジロウ誕生
一緒に暮らせない愛息子タロジロへのラブレターをつづります。
大きくなったら読んでくれるといいな。
子どもに会えない親も親に会えない子どもも、愛してると伝え続けてほしい。
あきらめないで上を向いていよう!!
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お母ちゃんこれ見て!
お母ちゃんどれがいい?
お母ちゃんこっちきて!
お母ちゃん!!
お母ちゃん!!!!
スイッチが入ると、3分に1回のペースで8歳ジロウはお母ちゃんを呼び続ける。
ときどき、「お父ちゃん」や「ばあちゃん」になるけど、かまわず「はあい。どした?」と返事するお母ちゃん。
ジロウの「お母ちゃん!」が始まると、11歳タロウは口をツグんでお母ちゃんをジロウに譲る。
ジロウがお腹にいたときからずっとそうだ。
ジロウは満面の笑みでいつもお母ちゃんを独占。
抱きつくジロウ越しに、お母ちゃんとタロウは目が合って、二人で「くすっ」と苦笑いする。
私は8歳のタロウを抱っこした記憶がない。
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朝日が眩しい2012年の夏至、4歳を迎えるタロウはお兄ちゃんになった。
何度かお兄ちゃんになり損ねているタロウ。お母ちゃんのお腹が膨れ上がるにつれて「いつ赤ちゃんに会える?」と尋ねてばかり。
「タロウに会いたくなったらでてくるんちゃう?」と答えるお母ちゃんの傍らで、タロウのぷにぷにの頬は紅潮する。
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タロウが4歳くらいから、私はタロウをほとんど抱っこしていない。
妊娠するときはいつでも、私の赤ちゃんは流産と早産が隣り合わせ。ちょこっと動くと、お腹がキューーーっと締め付けられていまにも生まれそうになる。
もちろんタロウを抱っこなどできない。
ジロウの誕生後も抱っこナシは続く。
ジロウは黄疸がひどかったので、産院でおひとりさまをひと月程楽しんだ。紫外線を浴びて天使のように輝くジロウに、タロウは興味津々。
ジロウが帰宅できない私からの説明が、タロウは頭に入らなかったのだろう。不思議そうな面持ちで私と一緒に産院を出た気がする。
駐車場までつないだ小さなタロウの手が、いつのまにか少し大きくなっていた。
私の真横にきちんと寄り添って、テクテク進む穏やかなタロウはいつも通りだったけど、なんだか泣きそうになったな。
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退院直後から私は家事もタロウのお世話も完璧にこなした。
加えて母乳を届けに毎日車を走らせる。
産院までは往復一時間。
ボーーっとして危うい運転。
家事と育児の合間に母乳を絞ってパッキング。
母乳を吸ってくれるジロウがいないから、おっぱいが張って痛む。授乳しなくていいのに、夜も2~3時間おきに搾乳で起床。
疲れ果てて5時間ぐらい寝てしまおうものなら地獄をみるしまつ。乳腺炎を繰り返し、高熱とおっぱいの激痛に、生産性のある陣痛の方がましだと半泣きになった。
ジロウからすると・・
「のんきに寝てんなよ!こちとら生まれたてやのに病院で一人やねん!!」
かもしれない。
ジロウを産んだ直後の私に心の余裕は一切なし。
ご飯作って
洗濯して
掃除して
買い物して
ゴミ出しして
タロウのお世話して
おっぱい絞って
ジロウに会いにいって
たった8つのタスクで一日が瞬殺で過ぎていった。
パンパンだったお腹がへっこんでも、私はタロウをまともに抱きしめた記憶がやっぱりない。
365日24時間、毎日一緒だった私とタロウに大きな変化が生まれた。
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8歳ジロウは11歳タロウに負けたくない。
4歳差を無視して「記憶」すら勝負を挑む。
お母ちゃんとタロジロで、ジロウが赤ちゃんの時の話になった。
タロウがお母ちゃんに質問する。
「ジロウ、蛍みたいやったよな!そういえばなんで光ってたん??」
ジロウの顔が曇る。
「ジロウは光ってたん覚えてへん・・・」
タロウは半笑いでお母ちゃんの眼を見つめる。
二人で声を合わせた。
「生まれたばっかりやがな!!」
私はとても幸せだ。
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ーーーー②へつづくー
①ジロウ誕生・FB記事(2020.11.27記)
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☆子どもたちに優しい世界をバトンタッチしよう!
▼ あきらめずに信じる勇気を!!
▼【親権】民法改正の賛同活動中
▼国会院内集会でのお母ちゃんスピーチ
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