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「てふ」とは何か

答え:「といふ(と言ふ)」が変化したもの。「チョウ」と読む。

「といふ」は3音で「てふ」は2音だから、選択肢として「てふ」も使えるようになっておきたい。

先に例句を見よう。

春日傘まはすてふこと妻になほ
加倉井秋を

春日傘を回すということが、私の妻にさえある。(かわいい)

冷麦てふ水の如きを食うてをる
筑紫磐井

冷麦という水のごとき食べ物を食べている。

恋すてふ角切られけり奈良の鹿
一 茶

角が切られてしまったことよ。恋をしているという奈良の鹿の。

ブーツ履く潮時てふはこんな時
櫂未知子

ブーツを履く。潮時というのはこんな時だ。


意味上も「てふ」=「といふ」である。

では、「といふ」にはどのような意味があるだろうか。また、すべての「といふ」を「てふ」に置き換えることができるだろうか。

下記を参考に「といふ(という)」を分類する。
と言う(という)の意味 - goo国語辞書
「~という」の文法化 ー逆説表現との共起ー(家田章子)

1.本動詞の「~といふ」

実際に誰かが~と言う、という意味。

ややありて松茸もつていけといふ
早川志津子

「ややありて」とあるから、主体は「松茸もつていけ」という言葉を直接聞いている。

まづ川を見に行くといふ帰省の子
山本一歩

帰省の子の言葉を直接聞いているという意味に取れば、本項目に分類される。他の誰かから、まず川を見に行くらしい、と聞いたという意味に取れば、次の項目に分類される。

なお、本項目の「といふ」は「てふ」に置き換えることはできない。

2.引用・伝聞の「~といふ」

「~と(誰かが)言ったのを聞いた」「~と呼ばれる」という意味。

夜は雨といふ草餅の草のいろ
岡本 眸

夜は雨が降ると聞く。草餅の草の色よ。

のように途中で句が切れる。

木枯や星置といふ駅に降り
片山由美子

「星置といふ駅」は「星置と呼ばれている駅」と言う意味。

引用・伝聞の「といふ」は「てふ」に置き換えられる。冒頭の一茶の句

恋すてふ角切られけり奈良の鹿
一 茶

がこの意味に当たる。

3.~を強調する「~といふ」

「人というのはわからないものだ」「命というものは儚い」「生きるということ」などと言ったときの「という」がこれ。

「AというB」のAを強調していて、「というB」をまるっと省略しても意味が通ったり、Bが形式名詞(こと、もの、ところ など)だったりする。

新涼や素肌といふは花瓶にも
鷹羽狩行

「素肌というものは花瓶にもある」という意味。形式名詞の「もの」が省略されていると読める。

「といふ」を省略して「素肌は花瓶にも」としても意味は同じはずだが、これでは素肌と花瓶の間のギャップがあまりにも大きいため、意味を理解するのが大変である。クッションとして「といふ」を差し込んで、自然に意味が繋がっている。

次の句の「といふ」も同様。

黄落といふこと水の中にまで
鷹羽狩行

~を強調する「~といふ」も「てふ」に置き換えられる。例えば下記の句が用例として該当する。

春日傘まはすてふこと妻になほ
加倉井秋を

4.見立ての「~といふ」

俳句ではこの使い方が多い。「AといふB」で、AをBに喩えている。

古稀といふ春風にをる齢かな
富安風生

遠足といふ一塊の砂埃
後藤比奈夫

湖といふ大きな耳に閑古鳥
鷹羽狩行

見立ての「といふ」も、冒頭に挙げた次の句のように「てふ」にして問題ない。

冷麦てふ水の如きを食うてをる
筑紫磐井

文法的には、3と4をまとめて「同格」と呼ぶ方がいいかもしれない。

5.(数量を表す語に付いて)~にも及ぶの意を表す「~といふ」

「8,000mという高所」「何万人という観光客」のような使い方。

この意味で「てふ」を使用している句は見つかりませんでした。「てふ」に置き換えるとちょっと違和感があるように思います。

6.時を表す同じ語を前後に置いて、それを強調する「~といふ」

「今日という今日は勝つぞ」のような使い方。

これも「てふ」に置き換えると違和感がある。

7.事物を表す同じ語を前後に置いて、そのものはすべて、の意を表す「~といふ」

「店という店は閉まっている」のような使い方。

山葵田わさびだの隙といふ隙水流れ
清崎敏郎

山葵田のありとあらゆる隙間に水が流れている。

この「といふ」も「てふ」に置き換えると違和感がある。

8.逆説表現と共に使われる「~といふ」

「~というが」「~というのに」「~といっても」のような使い方。

まだ赤といふにはあらず苗金魚
宮田正和

白牡丹といふといへども紅ほのか
高浜虚子

緑陰といふには少し早き頃
深見けん二

いずれも「といふ」を「てふ」に変えると違和感がある。


では、確実に「てふ」に置き換えられる「といふ」を整理しておこう。

  • 引用・伝聞の「~といふ」(~言われる、~と呼ばれる)
    恋すてふ角切られけり奈良の鹿 一茶

  • ~を強調する「~といふ」(といふ の後が形式名詞)
    春日傘まはすてふこと妻になほ 加倉井秋を

  • 見立ての「~といふ」
    冷麦てふ水の如きを食うてをる 筑紫磐井


なお、「といふ→てふ」だけでなく、「といふ→とふ」と音が変化した連語「とふ」がある。

「てふ」よりは使われる頻度は少ない印象だが、例句を挙げる。

萵苣ちしゃ嚙んで天職とふを疑へり
西嶋あさ子

萵苣(三春):レタス類の総称。

雁木とふ急に静かなところかな
中村たかし

雁木(晩冬):雪の多い地方で見かける通路の上に張り出した雪除けの軒。雪や雨の日でも傘をささずに歩ける。

季語の説明は下記より。
https://kigosai.sub.jp/001/

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