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『花板虹子』感想-UI/UXとは何か?のお手本のような料理漫画(全巻無料あり)

花板虹子(作:笠 太郎)という最近知った料理漫画があまりにも面白くて、もっと認知が広がってほしいので書きました。無料漫画が32,000冊読み放題を謳う電子漫画サービス「スキマ」で全巻無料で読めます。以前『将太の寿司』の全巻無料公開でバズってたサービスです。別にスキマのPR記事ではなく花板虹子を勝手にPRしてるだけの記事です。

全巻無料は以下のリンクからご覧ください。

女板前がマッチョイズムをなぎ払う痛快活劇

花板虹子とはどんな漫画なのか? まずはスキマに掲載されているあらすじをお読みください。

料亭・藤乃家の板長が亡くなって三か月…今日、新しい板長、つまり花板がやって来たのだが、旦那さんが連れてきたのはなんと女の板長だった!!その名は清水虹子。見た目は何とも冴えないメガネの小娘という感じ…。「板場ちゅうのは男のもんだ!」「あんな小娘にアゴでこき使われるなんてごめんだ!」「女に気の利いた料理などできっこねぇ!」板場の料理人達は、女が板長になるという事実に猛反発。特に次期板長と言われていた桜井は板場をボイコット。不穏な日々が続く中、室井が虹子にフグのおろしで勝負を挑んできた。しかも室井が勝ったら、虹子は板場を出ていくというルールで…!!

花板虹子の作品世界では板場は男の仕事場というマッチョイズムが通底しており、主人公・虹子の前には「女の板前なんて冗談じゃねえ!」という壁がどこまで行っても立ち塞がります。現代ならいろんな界隈から石や矢が飛んできそう(花板虹子は90年代初頭の作品です)。

花板虹子は次々と立ち塞がるこの壁たちに対し、虹子が持ち前の明るさ・卓越した調理術・マネジメントスキル・敵の冷静さを奪う高い煽りスキルで乗り越えていき、自身の夢である「亡き父の料亭の再建」を目指す痛快活劇まんがです。

ちなみに花板虹子は全150話ありますが、前述のあらすじの内容は第1話で片付きます。

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即落ち2コマ

単純に漫画としての出来がいい

花板虹子の面白い部分は枚挙に暇がないのですが、例として挙げるなら以下のような点です。

1. 登場人物がいい人ばかり
2. プレイングマネジャー型の実力
3. アツいストーリー展開

1. 登場人物がいい人ばかり
虹子の前に立ち塞がる敵は前項のとおりことごとく性格がヒン曲がった人物がほとんどなのですが、彼らが根っからの悪人かというとそうでもなく、虹子の放つに触れて改心して虹子の味方に変わっていくのです。まあ改心する前に大抵みんな虹子の実力で捩じ伏せられてるんですけど。

かつて敵対した人物たちが、勝負の果てに仲間になってここぞという場面で力を貸してくれる。みんなドラゴンボール好きですよね?花板虹子は友情・努力・勝利を完全に体現してる実質ジャンプ漫画なんです。なお花板虹子が連載されてた雑誌は「静かなるドン」が連載してた漫画サンデー(マンサンコミックス)です。

改心した人物たちも漏れなく過去の行為を後悔して反省しますので、不快感を引きずらず、爽快感があります。優しい世界。

2. プレイングマネジャー型の実力
世の料理漫画は「個人の調理技術」や「類まれな食材」がキーになることが多いようなイメージがありますが、花板虹子のいいところは「マネジメント」が重要なキーになっているところです。虹子は料亭というサービスの屋台骨となる板場を取り仕切る板長(花板)です。高品質なサービスを提供するためには、個人の技術を高めるだけでなく、他の板前にも目を配って育成する必要があります。

虹子はプレイヤーとしてだけでなくマネジャーとしてのスキルにも非常に長けており、敵対した人物であってもその技術や将来性を見出してリクルートし、重要な仕事を積極的に任せていきます

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倒した敵に膝をついてリクルート(武藤さんは後に分店の店長に)

また料理の質を食材の質だけに求めず、お客様の体験を重視して献立を構築するなど、90年代初頭の作品にありながら極めて現代ビジネス論に近い内容が展開がされています(詳しくは後述します)。

3. アツいストーリー展開
もちろん物語も抜群に面白いです。花板虹子は大きく分けて2部構成の物語になっています(作中で明示されているわけではない)。1部となるのが東京『藤乃家』で板長として活躍する物語、2部となるのが京都で亡父の料亭『四条』の再建に挑む物語です。以下便宜上、1部を『藤乃家編』2部を『四条編』と呼称します(作中でそんな呼称はない)。

藤乃家編も相当ですが、特に四条編から面白さがヤバい加速します。四条編から虹子は板長に加えて経営を取り仕切る女将を兼務することになり、5億円の借金(毎月1,000万円の返済が滞ったら愛人契約の特約つき)を抱えて料亭経営に奔走します。板長フォーム女将フォームに巧みに変身して四条を経営する虹子の姿に惚れ惚れします。

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板場では男にバカにされないよう出力を制限する板長フォーム

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京都人の本領を発揮する煽りスキル最大出力の女将フォーム

四条の開業にあたって過去に因縁のあった人物が足りない備品を提供してくれたり、四条の危機に藤乃家からある人物が大きく成長を遂げて応援に来たりと、過去に出会った人々が力になる展開がアツいです。

そして四条編から登場する、借金の貸主から四条の経理を管理するために出向してきた柿木田さんという人物がすごくいいキャラ。大抵の人物は虹子との対決に負けて改心するんですが、柿木田さんはそれとは違うベクトルでじっくり心境の変化が見えていって、非常に人間味のあるキャラクターに仕上がっています。

……などなど、面白さは保証します。一度読み始めると、止まらないです。

UI/UXを始めとする現代ビジネスへの先見の明

前項2でも少し触れましたが、90年代初頭の作品でありながら現代ビジネスで問われる要素が数多く盛り込まれており、作者・笠太郎先生の先見の明に驚きます。

特に頻発するのはUI/UXについて。花板虹子の料理対決で勝敗を決するポイントはほとんどこれです。負ける側でも技術は立ち、食材も最高級のものを使っていて、料理としての出来栄えは虹子に劣らず高く評価されます。ただ彼らに欠けるのは往々にして『お客様の体験』を考える視点です。

お客様がどんなバックボーンを持っているのか?好きな味付けは何か?年齢や家庭環境は?……といった料理を食べるユーザーのペルソナに基づいて、見栄えや食材の良し悪しではない『食事を通じた体験』を想定して献立を作り提供するのが虹子のスタンスであり、完全にデザイン思考です。料理そのものはUIであり、料理を通じて得られる体験はUX。もちろん本編に直接そういった表現はされていませんが、UI/UXの教科書としてはお手本のようによくわかる内容になっています。

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ユーザーよりも自分の世界を重視するデザイナーの末路

他にも虹子のマネジャーとしての采配はもちろんのこと、全体を通して物語の重要なターニングポイントとなる話『祝い包丁』(52話〜78話)では、女将が板長を兼任するほど人員の足りない四条に降って湧いた800人規模の結婚披露宴での料理提供というビッグビジネスを前にして、「まずはやってみる」というOODAかリーンスタートアップかアジャイル的な展開です(これはビル・ゲイツの創業エピソードにもあるように、昔から変わらない話かもしれませんが)。

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どうしよう……(どうにかなった)

また、四条を潰すために執拗に妨害を加えてくる料亭の手で四条の無料お食事券を勝手に・大量にバラ撒かれるという展開が起きるのですが、この事件の顛末がまるで現代のフリーミアムモデルのあり方そのもの。

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無料提供開始から数日後、無料客減少・有料客増加に転じ、妙にリアル(このひとが柿木田さんです)

シンプル・イズ・ベストを地でいく漫画

ちなみに絵柄はさすがに古さを感じますし、おそらくそれがいまいちバズらない理由なんだろうとは思いますが、『漫画としての可読性』は今まで自分が読んだ漫画の中でも格別に良いです。どういう意味かというと、コマとコマの間のとり方や画角の余白の使い方、セリフの量などが非常にいい塩梅でネームが切られており、画が原因でストレスを感じることが全くない

コマの使い方が窮屈だったり、セリフの量が多かったりして見開き2ページ読むのにストレスがかかる漫画ってわりと世の中に多いと思うんですが、花板虹子はそれがなく、展開を把握しながらもサクサク読み進めることができます。いい意味でシンプル。笠太郎先生の作画力の高さに脱帽です。

いまいろいろ漫画の無料公開が行われていますが、花板虹子もぜひ選択肢に入れてもらえたら幸いです。このスキマで読める完全版は単行本未収録分も含めて最終回まで完全収録。物語も非常に綺麗に完結しており、最終決戦後のラスボスに畳み掛けるようなエピローグが凄絶です。

マンガ図書館Zでも最近配信始まりました。お好きな方でご覧ください。

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