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「躁」と言われること、伝えること【オンラインナースのお仕事】

※この記事は、双極性障害の朝日さんの原稿をもとに、看護師の私の視点を入れ書き起こしたエッセイです。


1.「躁」と言われた日の気持ち

前回の記事では、私が朝日さんに「それは躁の前兆である」ということをお伝えした内容を書きました。

私の記事を読み、朝日さんが当時の想いを書き綴ってくれました。

ブックライターのエッセイを見た。原稿用紙に切り替えるときのことだった。よく覚えている。自分の気持ちの高揚・万能感を、「今のあなたは10点満点中9点です。少し文字数を落としましょう」と注意されたときのことだった。それを言われるまでは「私も坂口恭平と同じスピード感。1日37枚とかも書けるかもしれない」そんな気分だった。

だから、指摘を受けた時の「あ、これが躁ってことなんだ」というがっかり感は結構大きかった。多分同じことを医者に言われていたら、ムキになって言い返したりして、余計に薬を処方されたり、怒りとともに全否定したり、クリニックを変えたりしていたと思う。でも、ブックライターを信用していた。この人に言われたら、全てイエスと言って別の方法を考えると決めていたので、特に抵抗もなく返答した。そして、予定をキャンセル。キーボードでの入力はダメなんだと思った。今思えば、あの選択は正解だった。

朝日さんは私のことをブックライターと言います。坂口恭平さんとは、朝日さんと同じ双極性障害をお持ちの方。朝日さんの憧れの存在、道しるべです。朝4時からの執筆スタイルは坂口恭平さんをモデリングしています。すでに40冊出版されており、その執筆スピードは彼だけにできる業。朝日さんにとって、彼のように執筆することが、病気が良くなっていくという意味でもあるのです。

さて、「今のあなたは躁」と言われたときの朝日さんの気持ち、この原稿を読んで初めて知ります。すでにそれから3カ月は経過していますが、そのとき朝日さんがどう感じたのか確認することもありませんでした。私も、聞くのが怖かったのだと思います。いいえ、それよりももっと、「躁である」と伝える方が不安でした。


2.「躁」と伝えた日の気持ち

朝日さんにとってそれが躁なのかは、ずっと経過を見てきたわけでもありませんし、確証は持てないこと。教科書を読む限りではその兆候なのだろうというところまでしかわかりません。わかるのは、原稿を読んで「気分がよさそう」ということだけです。私は楽しそうな朝日さんの出鼻を挫くことに対し、強い抵抗感がありました。実際、精神科の医者や看護師はどんな風に対応しているのだろう。こんなにストレートに伝えることなんてあるのかな…。それでも、気分の兆候に気づくのが大事な病気であることは事実。朝日さんからも、以前からお願いされていたことです。

基本的に「あなたのためを思って」という考えは好きではありません。命にかかわること以外放っておくのが私のスタイルです。依頼されなければ見て見ぬふりをしていたでしょう。しかし、朝日さんが症状をコントロールして安定した自分で生きたい願っていることは分かっていました。ですから、そこは心を鬼にして、というのとは少し違うのですが、心を看護師にして伝えました。

看護師は患者さんに好かれるための仕事ではありません。命を守るために存在します。症状の悪化や危険を防ぐためには、嫌われても構わない覚悟で「それはできません」「やめてください」と伝えるのです。それができなければ、看護師とは言えないと思っています。長年働いているとわかるのですが「あなたの安全を守りたい」という姿勢は、必ず患者さんやその家族に伝わります。それが明らかに理不尽で病院や看護師側のメリットだけの行動なら、すぐ見抜かれてしまうのも当然のことです。

もともと朝日さんとは仲間という関係性です。けれども、私に看護師という目線での支援を求めてくれた。「病気のように見える」自分が言われてみたらどんな思いでしょう。ただただ楽しく心地よく過ごしているのに、そんなことを言われたら傷つくに決まってます。ショックを与えたのにも関わらず、私の言葉を飲み込んで、病気が良くなる方法を考えた朝日さんに、私は感謝をしなくてはなりません。

この日のことは、強く記憶に残っています。それでも、傷つけてしまっただろうと思い返すことはありませんでした。それよりも、キーボードの入力から原稿用紙への執筆へと変更し、健康でいられているという事実だけあれば十分だったから。だから、朝日さんが当時の想いを書き記してくれて、私はとてもうれしかったです。


3.病気を治すために力を借りる

私は双極性障害を知るため、精神科医でありご本人も双極性障害である南中さくらさんが書かれた『みんなの双極症』を参考にしています。作中で躁状態への移行に気づくコツとして「テンションマッチングゲーム」というものが紹介されていました。

これは、患者さんと家族や支援者が一緒に行う、ゲーム感覚で気分確認をする方法です。「今日の気分はどれくらい?」と本人と支援者がお互いに1~5または1~10のカードを出す。差異があれば、本人の状況の捉え方が甘いという場合や、支援者側がその辛さに気づけていない要素がわかります。これらを繰り返すことにより、お互いの症状の捉え違いがなくなってくる。そうすれば、躁・鬱状態への移行に気づく可能性が高まるといいます。ゲームという表現を目にしたときは「症状を楽しむなんて…」と思いましたが「気軽に」という意味で受け取っています。


4.きっと、大丈夫

朝日さんは毎朝原稿用紙に睡眠時間と気分、執筆開始と終了時間を記入しています。私はそれらと原稿用紙の内容を含め、総合的に何点かを判断。朝日さんの場合、鬱気味という評価は比較的早くキャッチできています。双極性障害の場合、躁の兆候に気づくのは難しいと言いますが、最近の朝日さんは「衝動買いしてしまいそう」「仕事をたくさん依頼してしまいそう」と躁気味であることも敏感に感じ取れるようになってきました。「行動を抑制する処方箋はつくることだ」といい、絵を書くことを始められました。紙とクーピー、お金をかけずに楽しめる方法で。

病気を指摘する側の私の気持ちを多く書いてしまいましたが、指摘される患者さんの気持ちを一人でも多くの人に知ってほしいと思い筆をとりました。病気を治すためには、他者の意見を受け入れなければならない。それは病気の有無にかかわらず、容易いことではありません。それでも前に進もうとしている朝日さんの未来は明るいと、私は信じてやまないのです。




※このマガジンは、個人が特定されないように書こうと留意しています。でも、朝日さんは「別に自分だと気づかれても構わない。それよりも、同じ病気の人を救えるのならという思いが優先する」とのこと。関係者の方は、そっと見守ってくださると幸いです。

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