さずけ地蔵

さずけ地蔵

 佐吉は、けさも畑へ行くとちゅうで、
あぜ道のほこらにまつられたお地蔵さんに
手をあわせにやってきました。
「やっぱり、やられたか」
お地蔵さんの足もとにきのうおそなえした
だんごが、そっくりありません。
おおかた里におりてきたきつねかたぬきの
しわざにちがいない、と佐吉は思いました。

 けれど毎日せっせとおそなえしているものを、
こうつづけざまにとられては、相手が
動物でも、なんだかしゃくにさわります。

 「さずけ地蔵」と村でよばれるこの
お地蔵さんは、こまったときのお願いごとを
よくかなえてくださるので、村人たちに
大切にされておりました。

 米の育ちがよくない夏にいのったら、
秋には田んぼいちめん金色の稲穂が実って、
豊作に。子どもの流行り病が、はやくなおります
ようにと親がお願いすれば、
たちまち熱がさがって元気に。

 佐吉とお嫁さんは子宝になかなか
恵まれなかったのが、このお地蔵さんに
夫婦そろって手をあわせたら、ほどなく、
あとつぎになる男の子をさずかったのでした。
佐吉は天にものぼるうれしさで、
赤ん坊がうまれたいまも、
毎朝お礼のおそなえを欠かしませんでした。

 「きつねかたぬきかしらんが、
おそなえどろぼうのやつを、なんとか
とっちめてやる方法はないものかな」
 畑仕事のかえりみち、佐吉は幼なじみの
八五郎に、お地蔵さんのおそなえが
毎日なくなる話をしました。
八五郎はしばらくう~ん、とかんがえて
いましたが、
「まずいおそなえをくわせたら、どうだ。
それにこりて、もうこなくなるんじゃ
なかろうか」
と、いいました。佐吉はなるほど、と思い、
やってみることにしました。

  つぎの日の朝、佐吉はもちのなかに
とうがらしをしこんだぼたもちを、
お地蔵さんの足元におきました。
「ぬすっとをこらしめるためですから」
と、お地蔵さんにはおゆるしを願いました。
 念には念をいれて、佐吉はつぎの朝も、
とうがらし入りぼたもちをおそなえしに
いきました。前の日の分は、
やはりなくなっています。
よしよし、と佐吉は満足げにうなずきました。

 その夜、佐吉は夢をみました。
あのさずけ地蔵さんがでてきて、こういうのです。
「ほこらのところにいる白い蝶々に
ついていってみなさい」。

 目覚めると、佐吉はほこらのところに
すっとんでいきました。
すると、夢のお告げどおり、白い蝶が一匹、
ひらひらとほこらの屋根の上を
舞っているではありませんか。
きのうそなえたぼたもちは、
まだそこにあります。

 蝶は、佐吉を待っていたかのように、
ゆっくりとほこらをはなれて
飛びはじめました。

(どこへ、つれていくのだろう)
佐吉は夢のつづきのようなできごとに
どきどきしながら、蝶を見うしなわないよう、
あぜ道から林のなかへと、
けんめいに追っていきました。

 蝶はやがて集落のはずれにある、一軒の、
みすぼらしい小屋の戸口にとまりました。
佐吉はどうしたものかとためらいましたが、
思いきって戸をたたいてみました。
しばらくして、ゴトリ、と木戸が
すこしあきました。

 そこに立っていたのは、年のころ
十一か十二くらいと思える少年でした。
少年は佐吉を見ると、ハッ!とした表情になり、
その目におびえたような色が広がりました。
佐吉はとっさに、
「道にまよっちまって。すまないが水をいっぱい、もらえないだろうか」
と、うそをつきました。
 少年は佐吉のうそをほんとうだと
思ったのか、ほっとしたような表情に
かわりました。それからだまってうなずくと、
土間のすみにある水がめからひしゃくで
くんで、もってきました。
 古びた着衣の上からも、がりがりに
やせているのがわかります。
土間のむこう、板の間のふとんに
ふせっているのは、母親でしょうか。

 ひしゃくの水は、くみたてのわき水らしく、
しみわたるようなおいしさでした。
ごくごくと飲みながら、佐吉は、ここへ
つれてこられたわけがわかった、と思いました。

 ありがとう、たすかった、とていねいに
お礼をいうと、佐吉はもときた道を
いそぎ足でもどりました。
あの、とうがらし入りのぼたもちが、
まだお地蔵さんのところにあると思うと、
はずかしかったからです。

 きつねかたぬきにくわせてやるつもりだった
とはいえ、あの少年と母親に、
ひどい思いをさせてしまった。ただでさえ、
うしろめたい思いでとっていった
おそなえものだろうに。
ぼたもちと思って食べたら、
とうがらしの味がして、どれほど
みじめな思いがしたことだろう。

 ほこらに向かって小走りになりながら、
そうだ、と佐吉はかんがえました。
あの少年に畑や田んぼの野良仕事を
てつだってもらうのは、どうだろう。
あとつぎのせがれはまだ赤ん坊だから
役にたたない、ぜひたのむ、といって。
てつだってもらうお礼に、
米や野菜をどっさりもたせよう。

 さずけ地蔵さんの前にきたとき、
佐吉は夢でお告げをくれたお地蔵さんへの
ありがたさと、じぶんでもなんだか
わからない思いにかられて、
はらはらと泣いていました。

 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?