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やっぱりこれは別物の映画ー「パリ、テキサス」

 「多感な10代の時に触れたものが、その後もずっと輝いている
 とある音楽ライターの方が言っていた言葉です。深く頷いたのと同時に、そうなると残りの人生で出会うものについてどう折り合いをつければ良いのか、20代以降に出会うものはその輝きを超えることは出来ていないのだろうかと回想も含めて考えます。

「パリ、テキサス」を観たのは18か19歳の大学生、大事な忘れられない映画に出会った、とはっきり記憶しています。
 この映画に関しては、個人的な思い出がなくとも、すでに映画の、とりわけロードムービーというジャンルの金字塔と言われるヴェンダースの傑作です。
 ではなるべくネタバレしないように気をつけて書いてみましょう。

Paris, Texas(1984年)
ヴィム・ヴェンダース監督
原作・脚色 : サム・シェパード
撮影 : ロビー・ミューラー
音楽:ライ・クーダー

 画質があまりよくないのですが、予告編です。1984年のカンヌ映画祭でパルムドールを獲得しましたので、冒頭にその瞬間が収められています。サム・シェパードの脚本、ヴェンダースの映像力、ライクーダーの音楽。映画が成し得る美しい結晶です。

 4年前に妻子を捨て失踪し、孤独を選んだ男トラヴィス。「パリ、テキサス」という土地とは。愛する女性、家族。トラヴィスの失踪の理由がストーリーと共に明らかになってゆきます。

 アメリカ西部の荒廃した砂漠の風景にライ・クーダーの哀愁に満ちたスライドギターが孤独に響きます。映画を観てすぐに買ったサウンドトラックはいまでもよく聴いています。本当に名盤です。

 愛する人と出会ったことによって知ってしまった自分の姿、それゆえに人生の大切なものを失う覚悟。4年の歳月の後にトラヴィスはその喪失と家族の糸をなんとか再び結び繋ごうと試みます。妻との再会とその長い独白は心に刺さる名シーンです。

 10代だった私はこの映画を観て何を感じたのでしょう、何に心震えたのでしょう。「涙しました」と言うのは安っぽい気がしてしまうのですが、事実初めて観たときにはたまらない気持ちになりました。
 幸福と愛おしさを手放さざるを得なかった男の姿にその時私は、人生はおそろしいくらいに素敵なんだと感じました。

 そして10代が遥か遠くへ過ぎゆき40代になったいま、その時代の体験と記憶は引出しにしまわれています。時折それを手にとり眺め「やっぱりこれは別物なんだよね」と思います。その別物こそが、自分の人生にとって不可欠な何かであることは間違いないのです。
 「パリ、テキサス」という言葉とライクーダーのギターの音色を思い浮かべるだけで、鮮烈に自分の中に広がる思いをいまになっても確かにしっかりと感じることができるのですから。

 よかったらこの機会に体験してみて下さい。あなたにとっても人生の引き出しの大切なものになりますように。





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