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それぞれの夕暮れ 2

【第2章】

 4月に出逢ってから、省吾と美里は社内連絡の電話を通じて親しくなっていた。とはいっても顔を見ているわけではなく、もう一度実際に会ってみたい、と思い始めた頃、「まだ内緒なんだけど、武内さん、そろそろ結婚するらしいよ」と省吾は後藤嬢から聞かされた。
 明るくてとてもいい人のようだし、24という歳を考えれば当然かもしれないな、と初めて会った時に指輪が光っていたのを見逃さなかった省吾は思っていた。と同時に、今度出張の時に会えたら、その後食事でも誘ってみようか、となんとなく考えていたので、せっかくだから結婚する前に会いたい、という想いが突然胸の中にこみ上げてきた。
 その数日後、後藤嬢が「今度武内さんと清里に遊びに行くんだ」と昼休みに省吾に言った。それを聞いて省吾は、是非一緒に行きたい、美里に逢いたい、という気持ちが高まってきた。そこで省吾は後藤嬢に聞いてみた。
「清里までは何で行くの?」
「まだ決めてないけど、多分K市までは電車で、そこから先は武内さんの家の都合で車が出せれば、彼女の車で行くつもり」
「そうか。それなら俺も久しぶりにK市の親友に会いたいし、もしよかったら清里まで送ってあげるよ」

 省吾とその親友の安西直人は中学時代からのつきあいであったが、彼は浪人して今はK市にある大学に通っている。最近はお互いに忙しく、もう半年程会っていなかった。安西は以前のアパートが手狭になったため、3ヶ月程前に今の清水町のマンションに引っ越したばかりだった。省吾は久しぶりに安西に電話をして事情を説明し、待ち合わせの喫茶店を決めた。

 梅雨のさなかではあったがよく晴れた6月の土曜日、省吾は車で会社に来ていた。前日、美里から後藤嬢にファクシミリが来て、それは「山口さんの好意に甘えましょう。『私を清里に連れてって』」と最近の映画のタイトルをもじったものであった。
 土曜日は午前中で仕事が終わり、省吾は午後からの掃除当番になっていたのだが、同僚の半田に代わってもらい、これから後藤嬢を乗せ、K市に行こうとしていた。

 最近、その後藤嬢の様子が少し変であることを省吾は感じていた。彼女には1年半程つきあっている男性がいて、俗に言う「のろけ話」をよく聞かされていたのだが、このところその彼氏の話題を後藤嬢が口にしなくなっていた。ちょうどその頃、省吾達の職場に新人の女子社員が配属になり、その彼女と後藤嬢はウマが合わず、省吾は気を使って、後藤嬢の愚痴の聞き役になっていた。そのような経緯もあってか、以前から後藤嬢は「山口さんみたいないい人が入社してきてよかった。もう少し出逢いが早かったらよかったのにね」などと冗談では言っていたが、ここ1週間程どうも冗談とは思えないような気がしてきていた。
 省吾には交際している女性はいなかった。いわゆる真剣なつきあいをしていたのは、3年前に別れた人が最後であった。その後も何人かとは色恋沙汰もあったが、どの人とも自分自身ではあまり情熱を感じていなかった。また、省吾の好きになる人には不思議と皆、彼氏がいた。知らない間にそういう三角関係に臆病になっていたのかもしれなかったが、とりあえず今は彼女がほしいとは思っていなかった。

(続く)
#小説 #恋愛小説 #80年代