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小春日和のセーラムドライブ 1

【登場人物】
■ 省吾 ・・・ 45歳。競馬好き。新卒入社の会社で美里と出会った
■ 美里 ・・・ 省吾の仮配属先の支店で働いていた女性
■ 辰野 ・・・ 省吾の友人

※ この小説はフィクションであり、実在する人物、団体名等とは一切関係ありません。

「オグリキャップ号が死亡」

 毎朝目が覚めると省吾は、PCの電源を入れ、ネットニュースを読むことが習慣となっていた。その見出しを目にして、「オグリが死んだか…」と、競走馬が大写しになっている壁にかかるカレンダーに視線を移して、独り言を呟いた。
 いつかこのニュースを目にする時には、もう少し感傷的な気分になるかと想像していたが、思いのほか冷静に受け止められた事実の方に、省吾はかえって寂しさを覚えた。

 競馬を人生にたとえると、寺山修司に怒られるかもしれない。スタートからゴールまでのうち、最後の直線が文字どおり人生の集大成の時期とするならば、そこへ向かって全力で加速を始める4コーナーとは、何歳頃のことなのだろう。
 人生の起伏や緩急は人それぞれ違うものだから、もちろん正解があるわけではないが、省吾は自分にとっての4コーナーは、22年前のあのオグリキャップが駆け抜けていた頃ではなかったかと、コーヒーのペーパーフィルターにお湯を注ぎながら思っていた。

 22年前、某企業の新入社員だった省吾は、本社研修終了後の6月に、ある地方都市の支店に仮配属となった。それは年末までの半年間の実務研修であり、終了後には新たな本配属先が決定されることになっていた。

 その小さな支店には支店長以下数人の男性社員と、一人の女性社員がいた。その女性の名前は「美里」といった。
 美里はその地方都市の短大を卒業した現地採用の事務員で、省吾と同年
齢だった。彼女は短大卒のため省吾より2年早く就職していて、初めての都市で右も左もわからない新入社員に優しく接してくれた。

 「転勤になって知らない街で一人暮らしをしているとな、夜や休みの日に人恋しくなって、すぐコロっと誰かを好きになるから気をつけろよ」

 省吾が一足早く社会人となった大学時代の先輩から言われていた言葉だったが、そのとおり、省吾が美里と過ごす時間を心の拠り所とするのに時間はかからなかった。

(続く)

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