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それぞれの夕暮れ 14

 翌朝、冷房のない安西の部屋の蒸し暑さで目が醒めると、7月の太陽は既に相当高く登っていた。省吾は横になったまま、窓の外の梅雨らしくない空を寝ぼけた眼で見ていた。もともと寝つきも寝起きもいい省吾は、すっと起き上がると県道側の窓際に行き、煙草をくわえて火をつけ、窓を開けた。

 K市は県庁所在地とはいっても、人口20万人足らずの地方都市で、まだ高層の建築物があまりなく、マンションの3階にある安西の部屋の南向きの窓からは、右手には南アルプス山脈がすぐそこにあるように、正面から左手にかけては住宅の続く街並み、その先には御坂山地、そしてその向こうには東京で見るよりは一回り大きい富士山が見える。下の県道をはさんで真向かいは、今は広々とした路線バスの車庫になっているが、数年後には大きなショッピングセンターが建設されるのは決定している、という話を省吾は安西から聞いていた。

 「この景色もだいぶ見えなくなるな」と省吾が思っていると、ベッドの上で安西が起き始めた。盆地にあるK市は夏は暑くて、冬は寒い。窓を開けてもあまり風も入らず、扇風機をつけて省吾は安西に声をかけた。
「おはよう」
「うーん、今何時?」
省吾は時計を見て、「そろそろ11時」と答えた。昨夜長距離ドライブの後で明け方近くになってから眠ったにしては、省吾は頭も体もわりと冴えていた。
 安西もベッドから降りて居間の床に座ると、煙草を吸い始めた。省吾は少し空腹感を覚え、台所に行き冷蔵庫を開けたが、もともと少食で、暇さえあれば筋力トレーニングをしている安西のそれには、数本の缶ビールと牛乳くらいしか入っていなかった。省吾はとりあえず牛乳をコップに注いで飲んで居間に戻り、朝食をどうするかを安西と相談するため同じように床に座ろうとしたが、その時、玄関のチャイムが鳴った。
 安西がけだるそうに「省吾出てよ」と言って、座りかけていた省吾は玄関に行き、「はい」と返事をすると、ドアの向こうから高く明るい「武内です」という声がした。省吾は驚きながら、急いで鍵を開けた。
「おはようございます。もう起きてました?」
「うん、起きてたけど。どうしたの?」
「昨日は本当にありがとうございました。私はこれからちょっと出かけるんですけど、朝ごはんを作ったので届けに来たの」
「朝ごはんって俺の分?」
「うん。山口さんと安西さんの二人分」
美里は昨夜からそうであったが、敬語と普通の言葉づかいが交じった口調でそう言うと、手に持っていた包みを省吾に渡した。
「朝ごはんっていっても、ただのサンドイッチだけどね。今日はこれから帰るの?」
「もう少ししたらね。日曜日だから上りの高速が混まないうちに」
「じゃ、私はそろそろ。気をつけてお帰りになって下さい」
「サンドイッチ、どうもありがとう」
美里は笑顔を返し、ハイヒールの靴音を響かせながら、マンションの階段を降りて行った。
 省吾はドアを閉めて部屋に戻って、安西の座っている前にあるテーブルの上に美里の持ってきた包みを置いた。
「これ、武内さんから。サンドイッチだって」
「わざわざ作って、届けに来たの?」
「これから出かけるついでに、とは言ってたけど」
「へー、そう」
安西は美里がわざわざサンドイッチを作って届けに来たことについて、怪訝そうな、それでいて感心したような顔をしていたが、すぐに「どれどれ」と言いながら包みを開け始めた。
「なかなか、うまそうだな」
 二人で2つずつ、計4つのサンドイッチをあっという間に平らげ、省吾は安西の分もコーヒーを淹れて、二人は食後の一服をしながらくつろいでいた。
「武内さん、料理うまいね」
安西がそう言って、テーブルの上の中身のなくなった包み紙を見ていた。
「うん、俺は玉子サンドイッチはもとから好物なんだけど、それにしても彼女のはうまかった」
省吾もそう答えて、満足気に煙草の煙を吐き出し、ゆっくりとコーヒーを飲んだ。

(続く)

#小説 #恋愛小説 #80年代