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小槻みしろ
2024年11月1日 16:41
前編「何よ、そんなに怒らなくったっていいじゃない!」 怒りで甲高く上ずった叫び声と、困惑混じりのざわめきが辺りにこだました。 騒ぎの中心にいるのは二人。その内の一人であり、叫び声をあげた本人である大城は、もう一人である佐々木を睨み付けた。 その目には薄らと涙が浮かんでいた。顔を真っ赤に上気させ、何事か叫んでいる。時おり湿る声は、彼女が怒る様子を見せながらも泣きそうである事を示していた
2024年10月21日 08:06
一話 あの時、私はきっと彼女にキスすべきだったのだ。 いつだって死にたがっている子だった。 彼女と会って、私は変わった。一人ではなくなった。 それでも、彼女はいってしまった。 いつも、机に仰向けに倒れるように寝ていた。あの時、何を見ていたのだろう。 死ねないなら何より強い絆を、死に負けない傷を君に与えてしまえばよかった。 あの時私はあなたにキスすべきだったのだ。 叫びたいほ
2024年10月18日 16:57
一話 対翼と四翼 ――ねえ、覚えてる?「とりわけ、またがない四翼は、ろくなものにならない」 そう、言われたね――――覚えているよ。だから、私、お前が嫌いだった――――なら、初めて飛んだときのことは? 沈黙、いいえ、それは果てのない無言だった。「今日は風が湿気ている」「重いな。飛びづらくなるわ」「これは雨がくる。早くに行かなければ、荷が濡れてしまう」「ああ。急がないといけな
2024年10月15日 07:56
前編 初めてしるしを立てた後に、島に降ってきたものを、彼らは「ゆき」と言いました。 名も無い小さな島に私は生まれました。 島の周りは海に囲まれていて、波の音がどこへ行っても聞こえます。小さな森もあり、何より、ゆきが沢山降りました。 島には、百人ほどの人が住んでいました。それぞれ風貌は違っていても、優しく気のいい人ばかりでした。誰かに困った事があれば、皆が力を合わせて解決しました。
2024年10月14日 15:37
前編 秀子の兄の清作が帰ってきたのは、年の暮れのことであった。秀子がもう寝ようと、戸締まりの確認をしようとした時である。遠くから、砂を踏む音が聞こえた。戸を開けると、薄暗がりから、身にしみるような寒さとともに、一人の青年がこちらへ向かってくる。 秀子は、はじめそれが誰だかわからなかった。「秀ちゃん」 懐かしく、優しい響きで青年が自分を呼んだ。秀子は駆けだした。「兄さん」「秀
2024年10月13日 12:08
一話 祖母の家は、小学校の通学路の坂道を、右に抜けたところにありました。ささやかに植木の植えてある小さな白い家に、祖母は祖父と二人暮らしていました。 私と翔は帰り道、祖母の家に遊びに行きました。少し悪い子になった気がして、得意な気持ちになったのを覚えています。 祖母はいつも私と翔を歓迎してくれました。「よく来たねぇ」とドアを開け、笑顔を向けてくれました。祖父は無愛想で口べたなひとでした。
2024年10月10日 22:07
前編 飛び込むように部屋の中に入った。 重いドアの閉まる音が響く。薄っぺらな造りの玄関に靴を脱ぎ捨て、電灯のスイッチに手を叩きつける。乾いた音に次いで明るくなった廊下を行く。響く足音は気にしなかった。 短い廊下はすぐに先のドアに突きあたる。佳代子は、ドアを開くと中に入り、また電灯のスイッチを叩くと、カバンを床に放り投げた。 カーペットでは衝撃を吸収しきれず、重い鈍い音が立つ。余韻は
2024年10月9日 22:20
1 親友の明子が、狂った。前触れもなく、昨日、映画を見に行こうと約束し、別れたところまでは普通だったにもかかわらず。 尤も「狂った」という言葉から、およそひとが連想する様な激しいものではない。ただ、今目の前に立つ明子と昨日までの明子、そして明子の言動を合わせて、それ以外に形容する言葉が見つからなかった。「なんだか、殺されるような気がしたの」 そう明子は言った。真っすぐに奈緒を見つ
2024年10月8日 22:30
前編 マグカップを手に、蛇口をひねる。 勢いよく落ちる水が、マグに注がれた。いっぺんに手首が重くなる。底にこびりついたココアが溶け、うすまって縁からあふれ出た。 マグを持っていた手も、うす甘い液体に浸食された。しだいに鼻先から、甘い匂いがきえていく。マグの縁と手首から勢いよく水が、流れ落ち、安っぽい銀のシンクを叩いた。下品な音――私は自分の感慨を、とおい意識の奥で聞いていた。――ひな
2024年10月7日 17:25
序「あっ、軽い!」体が、軽い……!「信じられない……本当なんだ!」今日から、私は、高校生。あの頃の私なんだ!一話「やり直したくないかい?」それは、じっとりと暗い午後の日のことだった。私はいつものように布団の上、部屋の壁にもたれ、うなだれていた。雨が降っているのに、うんざりするほど静かだった。「ねえ、君。やり直したくないかい?」彼は、私に尋ねた。彼——と、
2024年10月6日 21:26
序 ひとことひとこと、つむぐことで形作られる。 その形を感じることができたなら、それは決して嘘なんかじゃない。一話「またやってるのかよ」 キーボードを叩いていると、背後から声。肩越しに視線だけよこすと、声の主は、マグカップを片手にため息をついた。本当に飽きないな、そう付け足して章の隣に座る。「何々……『そうそう、教えてもらった曲、聞いたよ』」「おい、読むなよ」「俺のパソ
2024年10月6日 14:59
序「ミサイルが発射されると、地下鉄が止まるのは地上から逃げてきたひとを轢き殺さないためなんだって」柴田さんがそう言ったのは、まさしく電車が停止したときだった。ミサイルは発射されたからじゃなく、単純に停まる駅だったからだ。僕たちは地下鉄に乗っていた。 そして僕はその言葉に、間延びした「うん」を返した。一応面白い返しをしようと試みたあとだったので、唸ったようなみっともない返事だった。残念
2024年10月5日 22:15
序 あの日。 私は兄と、坂道の天辺にいた。 暑い夏の日で、蝉がひっきりなしに鳴いていた。のびた服は汗にべっとりとはり付いていた。 景色はくらくらと揺れて、日差しは私たちの肌を焼いていた。 汗がしみて、日差しにあぶられ、傷はねっとりと痛んだ。 それでも、まだ帰るわけにはいかなかった。今は怖い鬼が、暴れているから。 瞬きのたび、まぶたに汗が流れ込んだ。流れすぎた汗は、あまり痛くない。
2024年10月4日 23:21
序 紫。 あなたに芽生えた感情をなんと言おう。 紫。 それは小さな革命だった。一話 高校の入学式、私は紫と出会った。 紫はとてもきれいな女の子だった。ただ立っているだけなのに、何もかもが違った。周囲にぼかしをかけたみたいに、圧倒的に光っていた。 ボブの髪にかかる光の輪は、いやらしくなくて、その髪に覆われた顔は彫刻のようにきれいだった。白い肌に落ちる影は、いっそ青かっ