小槻みしろ
3000字〜40000字くらいの短編小説集です!
500~3000字くらいの掌編小説集です。
自作の詩、画像詩などの記事をまとめています。
前編 「何よ、そんなに怒らなくったっていいじゃない!」 怒りで甲高く上ずった叫び声と、困惑混じりのざわめきが辺りにこだました。 騒ぎの中心にいるのは二人。その内の一人であり、叫び声をあげた本人である大城は、もう一人である佐々木を睨み付けた。 その目には薄らと涙が浮かんでいた。顔を真っ赤に上気させ、何事か叫んでいる。時おり湿る声は、彼女が怒る様子を見せながらも泣きそうである事を示していた。 佐々木はそんなことには目もくれず、泣きながらただ手の中のものを抱き締めてい
A村の子供には、意思を持つかさぶたが体に張り付いている。一定の年齢に達すると剥がすための場所へと歩かされる。道がどこへ続くかはわからない。 そして私はA村の人間で、今年その年齢に達した。 とわこのかさぶたは、かさぶたの内が膿んで内臓の様になっている。緑の膿が溢れてくさいので、とわこは遠巻きにされている。時々苦しげに呻く声が聞こえる。でも、とわことかさぶたは声がとてもよく似ているから、どっちの声かわからない。とわこは自分のかさぶたが大嫌いだが大好きだ。 あきらのかさ
コンコン。 よる、ふうこちゃんがねむろうとベッドにはいると、まどをたたくおとがしました。 カーテンをひらくと、おほしさまが、まどのそとにいました。ふうこちゃんは、まどをあけます。おほしさまは、ふうこちゃんてのひらくらいのおおきさのからだをもっとちいさくして、 「どうかおたすけください」 とふうこちゃんにたのみました。 「どうしたの」 ふうこちゃんがたずねると、おほしさまは、かなしそうなかおをしていいます。 「わたしたちはまいにち、おひさまをおこしにいくので
アイラインを引き、マスカラをつける。思う。 今が一番の“着どき”だと。 今着るべきだと、いや着なければならないと思う。それは、きっと皆そうだった。 メイクを終える。振り返って、食卓がわりのローテーブルに肘をついているあなたに、わたしはぎゅっと抱きついた。 「何?」 朝は不機嫌なのは、どんな夜の後でも一緒だった。でもこんな日は少しでも抱きしめ返して欲しいと思った。 親に、何か悪いことを言う前の子どもは「出ていけ」という言葉を内心恐れている。わたしもそうだった。
一話 あの時、私はきっと彼女にキスすべきだったのだ。 いつだって死にたがっている子だった。 彼女と会って、私は変わった。一人ではなくなった。 それでも、彼女はいってしまった。 いつも、机に仰向けに倒れるように寝ていた。あの時、何を見ていたのだろう。 死ねないなら何より強い絆を、死に負けない傷を君に与えてしまえばよかった。 あの時私はあなたにキスすべきだったのだ。 叫びたいほど、あなたといきたかったのだから。 彼女が好き、きっと一生好きだった、なのにど
目が覚めると、そこには豚の陶器の置物が置いてあった。 何だこれはと寝起きの認識が曖昧な頭のまま、私は手のひらに収まるそれを、たちまちやってきたごみ収集車へそれを棄ててしまった。 それが過去の自分の宝物で、昨日部屋の掃除をしている際に見つけ、懐かしく枕の横に自ら置いたのを思い出したのが朝食のスクランブルエッグをみんな平らげ、付け合わせのレタスを1枚端から食んでいる時であった。 「何かとても大切なものだった気がするのだけれど」 しかしどうしてそれが宝物かは一向に思い
一話 対翼と四翼 ――ねえ、覚えてる? 「とりわけ、またがない四翼は、ろくなものにならない」 そう、言われたね―― ――覚えているよ。だから、私、お前が嫌いだった―― ――なら、初めて飛んだときのことは? 沈黙、いいえ、それは果てのない無言だった。 「今日は風が湿気ている」 「重いな。飛びづらくなるわ」 「これは雨がくる。早くに行かなければ、荷が濡れてしまう」 「ああ。急がないといけない」 ユニとアンリが、空を見上げて、そう言った。重々しい空気につぶされるよう
前編 初めてしるしを立てた後に、島に降ってきたものを、彼らは「ゆき」と言いました。 名も無い小さな島に私は生まれました。 島の周りは海に囲まれていて、波の音がどこへ行っても聞こえます。小さな森もあり、何より、ゆきが沢山降りました。 島には、百人ほどの人が住んでいました。それぞれ風貌は違っていても、優しく気のいい人ばかりでした。誰かに困った事があれば、皆が力を合わせて解決しました。島の人達はとても仲良しです。よく皆で集まり食事もしました。ただ、お酒を飲むと口を
前編 秀子の兄の清作が帰ってきたのは、年の暮れのことであった。秀子がもう寝ようと、戸締まりの確認をしようとした時である。遠くから、砂を踏む音が聞こえた。戸を開けると、薄暗がりから、身にしみるような寒さとともに、一人の青年がこちらへ向かってくる。 秀子は、はじめそれが誰だかわからなかった。 「秀ちゃん」 懐かしく、優しい響きで青年が自分を呼んだ。秀子は駆けだした。 「兄さん」 「秀ちゃん。大きくなったね」 大きくお辞儀をした秀子に、清作はまぶしげに言った。
一話 祖母の家は、小学校の通学路の坂道を、右に抜けたところにありました。ささやかに植木の植えてある小さな白い家に、祖母は祖父と二人暮らしていました。 私と翔は帰り道、祖母の家に遊びに行きました。少し悪い子になった気がして、得意な気持ちになったのを覚えています。 祖母はいつも私と翔を歓迎してくれました。「よく来たねぇ」とドアを開け、笑顔を向けてくれました。祖父は無愛想で口べたなひとでした。だから、私たちが来ると、「来たか」というとむっつりと黙り込み、新聞を読むふりをし
その奇妙な店は、いつもあいているのです。誰のために、さあ。 でも、私のためではないようです。 ドアの前に向かい、いち、に、さん。小さく数を数えて、私は深呼吸をします。 カギはかかっていません。私が開けたからです。誰もいません、ええ知っています。 部屋は真っ暗です。電気はついていません。当たり前です。歌でも歌いましょうか?いいえ、やめておきます。いつ帰ってくるかわからないですものね、ええそうです、そうです……なら、心の中で小さく口ずさみましょう。階段を上がる音に
私と姉は同じ部屋だった。 おもちゃ箱はふたつ。姉のおもちゃを、私は使ってはいけないからだ。 私は部屋を出ていくとき、いつも私の箱に、おもちゃをしまう。そして部屋に戻ってきたときに、まっさきに姉の箱を探した。 姉は私がいないとき、私のおもちゃで遊び、自分の箱にしまうからだ。 「盗ってないし! てゆーか私のおもちゃ箱、触んないでよ!」 姉に文句を言うと、いつも逆ギレされて、母に告げ口された。 母は話を聞かず、私に「駄目よ」と言った。私が抗議すると、 「心がせまい
前編 飛び込むように部屋の中に入った。 重いドアの閉まる音が響く。薄っぺらな造りの玄関に靴を脱ぎ捨て、電灯のスイッチに手を叩きつける。乾いた音に次いで明るくなった廊下を行く。響く足音は気にしなかった。 短い廊下はすぐに先のドアに突きあたる。佳代子は、ドアを開くと中に入り、また電灯のスイッチを叩くと、カバンを床に放り投げた。 カーペットでは衝撃を吸収しきれず、重い鈍い音が立つ。余韻は最小限に、辺りは後味の悪い静けさに包まれる。電子音が空しく重なる。佳代子は居心地
1 親友の明子が、狂った。前触れもなく、昨日、映画を見に行こうと約束し、別れたところまでは普通だったにもかかわらず。 尤も「狂った」という言葉から、およそひとが連想する様な激しいものではない。ただ、今目の前に立つ明子と昨日までの明子、そして明子の言動を合わせて、それ以外に形容する言葉が見つからなかった。 「なんだか、殺されるような気がしたの」 そう明子は言った。真っすぐに奈緒を見つめる目は、声音と同じく至極真面目だった。 奈緒ははじめ、何を言っているのだろ
私の漫画、Kindleで配信がはじまりました!! 姉とくらべられ、いじめられてきた妹が救われる話 by 小槻みしろ https://www.amazon.co.jp/dp/B0DJFH486F?ref=cm_sw_em_r_wcm_sd_awm_3KNizPcaeQ5dg ヒューマンドラマたくさんの日常ホラーです!!ぜひ読んでみてください!!
前編 マグカップを手に、蛇口をひねる。 勢いよく落ちる水が、マグに注がれた。いっぺんに手首が重くなる。底にこびりついたココアが溶け、うすまって縁からあふれ出た。 マグを持っていた手も、うす甘い液体に浸食された。しだいに鼻先から、甘い匂いがきえていく。マグの縁と手首から勢いよく水が、流れ落ち、安っぽい銀のシンクを叩いた。下品な音――私は自分の感慨を、とおい意識の奥で聞いていた。 ――ひな。 耳の奥で声がこだました。甘い甘い、あずきみたいなにおいのする……母の声。