見出し画像

家族のラスト・ラン

数年前、私が東京での仕事が決まり、実家を離れて一人暮らしを始める準備を進めている間、1日だけ両親が手伝ってくれることになった。

大型家具や白物家電などの手配はすでに整っており、あとは実家から衣類や細かい小物関係なるものを運ぶだけであった。

その中にはなぜか、弟が過去に一人暮らしで使っていたお古も含まれている。…といっても、ほぼ一年弱しか使用していない電気ケトルや掃除機、それにカーテン類などの、ギリギリ車で積められそうな物ばかりだ。

両親が手伝うと言いつつも、車に物を積んで現地に運ぶだけではなかった。これから自分達の息子が見知らぬ土地で、実際に住むところがどんな場所なのか、という意味合いの視察も兼ねている。

自宅の間取りはどうなっているのか、同時に自宅周辺は何があるのかも含め、やはり何かしら気にしていた様子が伺えたのである。


やがて一日かけてその日に行う準備は一通り終わり、時刻はとうに夕方を過ぎていた。日もだいぶ沈んできたところで、車は父の運転のもと、夜の高速道路を走らせている。

父は普段から、ほとんど寝る間を惜しんで休むことなく忙しない日々を送り続けている。それに加えて、土地勘がなく慣れていない場所までのこの長距離運転だ。

日中こそ、照明の設置や家具の組み立てを手伝ってくれていた。しかし大まかな作業が終わって少し経つと、床に寝そべってはいびきをかきながら仮眠していたのである。

いつも笑顔で陽気に振る舞っているとはいえ、今回ばかりはこちらから見てもだいぶお疲れの状態だった。


「父さん、運転変わる?」

「…ああ、大丈夫だよ」

この時も父は今までの疲労で眠たい中、なんとか事故を起こさないように運転している。それでも父はハンドルを握りながら集中して運転するも、時にあくびしたり、挙げ句の果てには瞼が閉じてしまいそうになっていた。

そんな中で助手席に座っている私は、なんとか事故だけは避けまいと、声をかけたり肩を軽く叩いたりしてみる。

ただ、家族思いの父は自分がどういう状態であれ、そう声をかけるのであった。

「ツカサ、家に着くまで寝てていいんだぞ?まだだいぶ先だから、時間もかかるし」

「平気だよ、起きているから。それにー」

これから私は、新しく構えた住居と実家を、車で行き来する回数が増えていくことになる。だからこそ、私も寝ている場合ではなかった。

車は途中で運転を交代することなく、2、3時間かけて実家にたどり着いた。私は改めて父に「今日はありがとう」と言おうとしたところで、当の本人は家に着くなりすぐに眠ってしまった。


これがもしかしたら、家族一緒での車移動は最後になるかもしれない。そうしたことを、私は密かに考えていた。

親元から自立すること、いずれ年を重ねるに連れて、この先に親が自分よりも先に旅立たれてしまうことを覚悟しなければいけない。

この先に何があろうと悲しみばかりに浸ることなく、直面してしまったとしても、自分を取り巻く負のものを乗り越えてすぐに立ち直せるようにと。




葬儀が終わり、父を乗せた霊柩車は、市内にある斎場へと向かっている。車内には運転手を含め、母、それに私を乗せてー。

その中に弟は乗車していない。一年前に結婚した嫁さんを連れてきていることもあり、皆が父の後ろ姿を見送ってからの移動を任しているため、別行動を取っていた。

目的地に到着するまで、その車は父にとって縁のある場所を回った。かつて勤めていた職場と、そこにつくまでの普段から通い慣れた道をはじめ、まるで走馬灯のような景色が視界に映り込んでは、瞬く間に流れ去って行く。

長い…長い旅路の果てが近づいている。つい最近まで3、4人で一緒の車に乗っていた出来事が嘘みたいに、あっという間に長編映画の終盤まで迫ってきてしまった。

やがて私たち家族を乗せた霊柩車は、深くて高い山々に囲まれた最果ての地に辿り着く。これまで共に過ごした日々が、時間が、間もなく永遠のものになろうとしていた。

最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!