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風とともにバカンスはお預け

「もしもし?」

午後2時頃、この日サシで呑む約束をしていた悪友から電話が突然入った。受話口越しに聞こえてきた奴の声は、普段よりも耳馴染みのない掠れた声色であった。

何方かと言えば、デスボイスによく似た声だったかもしれない。ともあれその声で返事してきたことに私は驚きを隠せなくなり、思わず「大丈夫か!?」と張り上げてしまった。
無論むこうは大丈夫じゃないとしても、こちらはそう心配の言葉を述べるしかなかったのだ。

もはや超絶ガラガラな状態のままの声で事情を説明しようとする悪友に対し、私は聞くに堪えないととっさに思って切り出した。

「とりあえず今は休んでくれ。話はそれからにしよう」

そう言うしかないのだ。当の本人は絶不調の状態であろうと、何が何でも力を振り絞って言おうとしていた。
気持ちはわからないわけではないが、それでますます体調を悪化させてしまっては元も子もない。

奴はそれでもはしたなく事情を伝えようとしていたが、長々と喋らせるわけにはいくまいと、2、3分の説得の末にようやく応じてくれた。
結局次の機会に延期する形でまとまり、この日行う予定だった一晩だけのバカンスというサシ飲みはお預けとなった。

 

このごろの陽気はいくらか涼しくなり秋らしい季節が訪れてきたが、それに伴って気温も下がり空気も乾燥している。比較的体調が崩れがちなこの時期に、悪友は体調を崩してしまったのである。

思えば先週予定を立てようと電話していた時にも、悪友の息子をはじめとした家族がインフルエンザに罹ってしまったことを話していた。

幸い当の本人はその時だけ感染ることはなかったものの、それから数日後経ったある日急に扁桃腺が腫れては熱が出てしまった。
その後医者に診てもらって薬を服用していたが、なかなか完治しないままこの日に至ったのであった。

それに悪友はここ数ヶ月ほど、ひっきりなしに残業が続いていたのである。平日は日付が変わる前の夜11時ごろがほとんどであり、どんなに早く上がれたとしても9時は確実に回っていたそうだ。

おまけに休日出勤もざらにあり、それらのせいで悪友の生活リズムや体調は狂いに狂ってしまっている。そんな奴に対して私は「無理するな」と励ましをする形でしか、フォローアップすることができない現状だ。

「家族のため」だからといって身を削ってまで仕事に勤しむようでは、まさに本末転倒ではないだろうか。いずれにしても、次のサシ飲み時に悪友には「何かしら」を私の口から述べておかなければならない気がしていた。

「さて、どうしたものか…」

わずか5分ほどで電話を切った後、私はスマホを置いて深呼吸すると床に寝そべっては秋晴れの空を眺めていた。この季節でしか見渡すことのできない雲の群れが、窓の向こうにつづいている。

最後までお読みいただきありがとうございました。 またお会いできる日を楽しみにしています!