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「天才とホームレス」 第4話

「お前は何をしてるんだ」

第一声がそれだった。
グッと胸が苦しくなる。

「この大事な時期に遊びまわって、
 中学受験もせず、母親にもそんな態度で、、、」
相変わらずこっちの話は聞かない。
ろくに家にいないくせに。

「僕は公立中学に行きます。
 私立受験はしません。まあもう間に合わないけど」
カッとなって立ち上がった。
前と同じだ。
同じじゃダメだ、と思って言葉を絞り出した。
「あのさ!
 僕だって考えてるんだよ!
 パパは何も知らずに一方的に言いたいことだけ言ってさ!
 本当に嫌だ!もういい!」
そう言って上に上がった。

ダメだ。耐えられない。
尊敬してたのに。
人の上に立つパパを尊敬していたのに。
あんな風にしか話せないなんて、、、!
話すのだって久しぶりなのに!
なんでもない会話なんてもう何年もしていないような気がする。
いつだって必要事項の業務連絡みたいな会話なんだ。

おっちゃんなら、、、
おっちゃんが名前を呼んでくれた時のことを思い出した。
おっちゃんはいつだって対等に、僕の意見を求めてくれた。
同じ目線で教えてくれた。
僕から出てくるアイデアを楽しんでくれた。
表情は読みにくいけど。

いまから家を出ておっちゃんとこに行ってやろうか。
タバコくれって言ったらくれるかな。

ベットに寝転んで、タバコをふかしてる真似をした。
窓から見える星に、煙が届くような気がした。

下の階から、パパがママを怒鳴る声が聞こえた。


最悪の卒業式だった。

両親二人とも来てくれたけど、めちゃくちゃ来まずい。
両親は何もなかったかのように明るく振る舞って、周りの人や先生たちに挨拶していたけど、僕から見たらかなり無理があった。

一応、門の前で写真を撮って、僕はそのまま河川敷に行った。
驚くことに、そこにてっぺいがいた。

そういえば卒業式にてっぺいの姿はなかった。
コイツ、サボったのか、、、

そんなこと、考えもしなかった。
「お、おまえ、卒業式に行かなかったのか?」
「え? うん」
当たり前かのように気の抜けた返事をするてっぺい。
「え、なんでだ? いや、いいけどさ、、、
 お父さんとか、お母さんは? 怒られないのか?」
「いや、うち、両方おらんねん」
え、、、

カチャカチャカチャ、ターン!
「ん、おれの今までの経緯をまとめたファイルを、今ゆきやのケータイに送ったから」
「え、お、おう」
「その方が早いやろ!ナハハ」
そう言って笑った。

そのファイルはあまりにも無機質なロードマップだった。

生まれる
 ↓
8歳、父ちゃんが死ぬ。事故。
 ↓
10歳、母ちゃんが入院する。病気。
 ↓
しばらく近くの友達の家に世話になる
 ↓
12歳、母ちゃんが死ぬ。
 ↓
東京のじいちゃんとばあちゃんの家に来る
 ↓
  現在

「え、おまえ、これ、、、」
「あー、うん。そんな感じ」
なんて言っていいかわからない。
てっぺいが辛そうじゃないことだけはわかる。
ずっとパソコンでカチャカチャしている。

しばらく呆然とした後、
「いや、これ辛いだろ」と、やっと口から言葉が漏れた。
そこでピタッとてっぺいの手が止まりこっちを見た。
「そやなぁ。辛かったなぁ。めっちゃ泣いたなぁ。
 神様なんておらんと思ったなぁ」
そう自然に話すてっぺいに、なぜか僕はドキドキした。
「でも、父ちゃん死んだ後あたりに、おっちゃんと出会ってん。
 ずっと泣いてたおれと、ずっと一緒にいてくれたんがおっちゃんやってん。
 あ、その時からおっちゃんはブルーシートの家に住んでたけど。大阪で」
おっちゃん、何者なんだ、、、
「そんでおっちゃんが先に東京に行ってん。
 母ちゃんが入院したあたりやな。そん時もめっちゃ泣いたな。
 一人で生活せなあかんくなって、金もないし、怖いし、寂しいし。
 でもしゃあない。おっちゃんが教えてくれたことでなんとかやれた。
 食うもんには困らんかったな。
 その後、国の人が来て色々してくれて、しばらく母ちゃんの友達の家に住めるようにしてくれた。
 病院のお金もなんとかなってな、よかったよかった。
 その後、母ちゃんが死んで、おれは東京に行くことになって、またおっちゃんとこうして遊べてるわけや。よかったよかった」

淡々と話すてっぺいの前で、なぜか僕の方が泣きそうだった。
目が潤んでいることに気づくとてっぺいは、
「ははは、なんでゆきやが泣きそうやねん。
 泣かなあかんのおれやんか」
と、言って嬉しそうに笑った。
なんだかとっても大人に見えた。

おっちゃんが畑から帰ってきた。
てっぺいとずっと一緒にいたおっちゃん。
その二人の絆の意味がわかった気がした。
なにかを察したのか、おっちゃんが
「よし、今日はパーティや!」
と言って、いつもの準備を始めた。
いや、今日は卒業式だった。
だからか。
いつもより多めに刺身やつまみが並んだ。

その中で僕は、
初めて親とのことを話した。
おっちゃんに、それならもうここに来るな、と言われるのが怖くて今まで言えてなかった。
でも、おっちゃんはただ「そうか」と頷くだけだった。

言いたいこと全部吐き出した後におっちゃんが、
「わかった。頑張れ。ここにはいくらでもいていいからな」
と、言ってくれた。
てっぺいは、
「ゆきやもいろいろ大変やなぁ」
とだけ言った。
何も解決していないけど、心が軽くなった気がした。

暗い道を帰った。
パパはいなかった。
会社に呼び出されたらしい。

黙ってご飯の用意をしているママに
「悪いけど、、、」
と言ったら驚いた顔を上げて僕の顔を見た。
「家庭教師はやめるから。
 中学に入っても、このままやるから。
 いいよね?」
ママは少し固まった後で、ゆっくり頷いた。
「わかった。わかったわ。
 パパには私から言うから。
 さぁ、ご飯を食べましょう」

「うん。いつもありがとう」
そう言ったらママは泣いていた。

久しぶりに食卓に会話があった。
「おいしい」と言ったらまた涙ぐんでいた。
まだ、おっちゃんがホームレスなことは話せなかったけど、
展開しているビジネスの話はできた。てっぺいのことも。
これでパパに話せると、安心したと、ママは言った。

その夜、久しぶりにぐっすり眠れた気がした。
朝日と共に目が覚めて、空が本当に青かった。



一話はこちら!


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