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20240528 イラストエッセイ「私家版パンセ」 0009 母性と父性(教育論)
ジェンダー論的に議論があることは前提として、また、性がグラデーションであることも前提としつつ、人が育つためには父性と母性の両方が必要だと思います。
学校の先生を30年やってきて、生徒に対して「厳しく鍛える」派と、「優しく受容する」派の対立みたいなものがよく起こりました。
生徒を育てるために、厳しさが必要なのかやさしさが必要なのか?これは、先生の持ち味によっておおむねこの二派に分かれるんです。
でもぼくの中での正解は、両方必要。
時に厳しさが必要であり、時にはやさしさが必要なんですね。
太っている人には食事を減らしなさいとアドバイスし、痩せているひとには、食事を増やしなさいとアドバイスするのと一緒です。
当然のことなのに、なぜか「どちらか」という議論になってしまう。
ユング派の心理学者の河合隼雄先生も言っているように、人が育つためには父性と母性の両方が必要です。
父性は批判や社会性を表し、母性は受容を表します。
母性がなければ子供は生きられません。しかし永遠に母親の胎内に留まっていれば、人は腐ってしまいます。
父性は母性の保護から子供を切り離し、社会生活を営むに必要なルールを教えます。しかし切り離しの作用だけだと、子供は枯死してしまうんです。
分かりやすく大雑把に言うと、母性だけで育った子供は、自己受容ができて、愛すべき存在なのですけれど、いわゆる「ダメ人間」になってしまいます。克己心や社会的規範意識が育たないのです。
一方、父性だけで育った子供は、自分を愛することが出来ず、良い子なのですが自殺願望のようなものを内側に抱え込んでしまいます。
学校でたばこを吸うという問題行動があったとします。
それが規範意識の欠如からくるものであれば、厳しく𠮟ることが必要です。
ところがそれが自己受容の欠如、自殺願望のようなものの表れだとしたら、その子を受け止め、愛しながら、あなたは大切な存在なのだということを伝え続けなければなりません。
学校の先生に厳しい先生と優しい先生がいますよね。
大概、仲が悪い。笑
でも両方必要なんです。
対立するのではなく、「ああ、自分にはできないことをこの先生がしてくれているのだな」と思えるようになればいいですね。
私家版パンセとは
ぼくは5年間のサラリーマン生活と、30年間の教師生活を送りました。
その30年間、子供たちが元気になれるような言葉はないかなと考え続けて来ました。
そんな風にして考えた小さな思考の断片をご紹介します。
これらの言葉がほんの少しでも誰かの力になれたら幸いです。
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