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【論文抄読】宮川哲夫, 呼吸筋の運動学 ・生理学とその臨床応用,1994

*専門家向けです。注:3600字程度あります。

呼吸についての論文。
1994年とけっこう古い論文で、現在と相違のある点はあるかもしれないが呼吸運動学の基礎や呼吸リハビリテーションの基礎を学ぶうえでは、とてもわかりやすかった。
自分なりに呼吸をまとめてみようと思う。

呼吸筋

呼吸に関わる筋として、Campbellらは以下のように分類しています。

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今の分類はもっと分かりやすいのがあるとは思うのですが、今回はこの総説論文に書かれていることを使ってまとめていきます。

①〜③が主要な呼吸筋とされ、安静時の呼吸はほとんどこれらの筋群が作用しておきます。④の呼吸補助筋は、労作時や努力性呼吸の際に参加し、換気を補助すると言われています。⑤については詳細があまり載っていなかったので、よくわかりませんが、おそらく自律神経系の作用による気動の拡張/収縮の動作筋のことだと思われます。

以下では呼吸筋群について、さらに掘り下げていきます。

呼吸筋 各論

①横隔膜

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呼吸筋のボスといっても過言ではない筋肉、それが横隔膜です。

なぜボスなのか?それは、安静呼吸時の70%を横隔膜が担っているからなんですねー。横隔膜は胸郭の内面に付着しており、ドーム状の形をしています。(この肋骨に対する横隔膜の可動範囲すなわちドームが上下できる範囲のことをzone of apposition : ZOA と言います)

横隔膜が収縮すると、このドームが下降します(スライド:赤線)。胸郭の容積が広がるため、胸郭内の内圧が下がり、空気が肺に流入して外圧との均等化を図ります。これが吸気のメカニズムです。

正常の呼吸では、横隔膜は4〜6cmの下降/挙上運動範囲(ZOA)が必要となります。
つまり安静時にスムーズに呼吸を行うためには、

①呼吸時には横隔膜がしっかりと上がる(内圧上昇)
②吸気時には横隔膜がしっかりと下がる(内圧低下)

これらが達成される必要があるんですね。
それは、すなわち横隔膜のポジションが高い位置にあるということが、呼吸機能にかなり重要だということなのです。横隔膜ポジションが低下するとどうなるのか?それについては後述します。

あと一つ横隔膜について特筆することといえば、筋紡錘があまり存在していないということです。自分の横隔膜の動きをイメージしようと思っても、なかなかイメージしにくいですよね。だから、横隔膜自身は自分のポジションについてよくわかってないし、修正もしにくい。ほかの要素を用いてZOAを修正していく必要があります。こちらも後述していきますね。

②肋間筋

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肋間筋とはその名の示す通り、肋骨の間に走る筋肉です。層の違いから内肋間筋と外肋間筋に分かれており、走行や機能も異なっています。
僕も学生時代は外肋間筋が肋骨を挙上し、内肋間筋が肋骨を下制させると習ったような気がするのですが、1994年のこの論文では「まだ議論の余地がある」とされています。
本論文では、肋間筋は胸郭の動きそのものよりも、呼吸運動によって肋骨が過度に動いたり、もしくは動かなかったりすることを防いで間接的に換気を助けているとされています。
また横隔膜と違うのは、肋間筋には筋紡錘が豊富に含まれているということです。
胸郭モビライゼーションや呼吸介助で、胸郭の動きが改善することを経験します。あれは、肋骨の動きそのものというより、この肋間筋に作用していたのかもしれません。

③腹筋群

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腹筋群、と一括りにされていますが、とくに重要なのは内腹斜筋・腹横筋です。
これらの筋群が呼吸にとって、どう重要なのか。それは肋骨を内方に引き込むことで、間接的に横隔膜の位置を挙上させる役割があるということです。
前述したように、横隔膜運動にとってはZOAが保たれていることが基本となります。腹圧が下がり内臓が下制し肋骨下部が広がると、その上にある横隔膜も下降する方向に牽引されます。すると収縮時に十分な長さを持って下降することが困難になるんですね。すなわちZOAの範囲が極端に狭まってしまうのです。
さらに「横隔膜は腹筋群の収縮により求心性収縮が増す」ともされており、筋紡錘が少ない横隔膜に対しては腹筋群を介した肋骨の内旋、腹圧上昇が肝と言えそうです。

ちなみに腹直筋は呼吸に寄与するか?という点ですが、腹直筋の収縮は下部肋骨の前後径を減少させるため、呼吸運動においてはあまり効用はないと思われます。

④斜角筋

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主要呼吸筋の中で、最も意外だった筋肉がこれ。斜角筋。
斜角筋の作用は本来、頸部の屈曲や回旋ですが、頸部が定位している状態では第1.2肋骨を挙上させる作用があります。
高肺領域に対してはむしろ、横隔膜よりも重要とされ、上部胸郭可動の一旦を担っています。
自論ですが首筋が綺麗な人というのは、この胸郭の鉛直常に頭部があって、斜角筋が呼吸にうまく作用して首周りをスッキリさせてるんじゃないかなーと思いました。

⑤呼吸補助筋

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主に努力性呼吸時に参加してくる筋群たちです。スライド上には意外な筋群が並んでいると思います。
これらの筋群が呼吸運動にとって共通していることは「本来、体幹に対して骨を動かす筋が、骨を固定して体幹側(つまり肋骨)を動かす筋に作用転換する」という点です。
たとえば胸鎖乳突筋であれば頭頸部を、胸筋群であれば肩甲骨を、腰方形筋であれば骨盤を、グッと固定することよって肋骨に作用する筋に変化させているのです。

だから、呼吸筋疾患の方というのは、全身的に柔軟性が低下している人が多くないですか?もしかするとそれは呼吸障害による代償によるものなのかもしれません。

COPD

では、代表的な呼吸器疾患である慢性閉塞性肺疾患(COPD)の肺はどのようになるか見ていきましょう。

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基本的にCOPDでは肺が過膨張となります。
それに伴って胸郭前径が膨らみ、いわゆるビア樽状を呈します。肺の過膨張に押しやられ、横隔膜は低下します。正常な呼吸では横隔膜が上下に4〜6cm動くと前述しました。横隔膜の下降(つまりZOAが低下)した状態では上下運動の可動性が極端に低下し、呼吸とくに吸気の障害を引き起こすのです。

ちなみにCOPDで見られる奇異性呼吸(吸気時に下部肋骨が陥没する現象:Hoover徴候)は、この横隔膜の平坦化によって起こります。本来、横隔膜は収縮することによって腱中心へ向かって下降するはずです。しかし、横隔膜が肺の過膨張により押し下げられて平坦化すると、横隔膜の筋腹は左右の肋骨下部を中心へと引き合うような走行に変化します。これは両端の下部肋骨同士を近づける作用になります。よって、吸気時(横隔膜収縮時)に下部肋間が陥没するという奇妙な現象が起こるのです。

息切れ感

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多くのCOPD患者で見られる息切れは、なぜ起こるのでしょうか?
実は横隔膜機能と息切れには相関が認められていません。
むしろ、筋紡錘が豊富である肋間筋や頸部筋の過活動と相関があり、換気の程度とこの過活動の程度がミスマッチを起こすことで、息切れ感が増加すると言われています。
COPD患者が前傾姿勢で上肢支持することで息切れがマシになるのは、そういった筋群を休ませる効果があるためとも考えられます。

呼吸トレーニング

では、これらの知見を踏まえて呼吸トレーニングは何を目標に行うべきでしょうか。著者は以下の6つの目標を掲げています。

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目標を示されるだけでは具体トレーニングが曖昧になるので、ここは僕なりの呼吸リハを考えて見ようと思います。

呼吸介助、胸郭モビライゼーション(肋間筋の抑制および促通→肋間可動性UP、胸郭可動に対する感覚フィードバックUP図る)

腹部とくに内腹斜筋、腹横筋の促通(腹圧上昇により横隔膜の上昇狙う)

脊柱の伸展運動、肩甲骨モビライゼーション(呼吸補助筋の緊張軽減、脊柱伸展向上による上部胸郭可動性UP、ZOA向上図る)

呼吸練習(上記の身体条件整えて実施、先に呼気で腹部腹圧および胸腔内圧上昇させてから吸気へ)

四肢の筋トレ実施(低負荷×回数多めで筋の収縮-弛緩およびミトコンドリアUP図る*過負荷での過緊張運動は低酸素化につながるためにNG)

歩行などの全身運動(日常生活運動につなげる)

今回の知識を応用して呼吸リハを見直すと、こんな感じでしょうか。

まとめ

・横隔膜の運動にはZOA(横隔膜の高さ)が重要
・ZOAをあげるには腹圧上昇による間接的な作用が有効
・肋間筋には筋紡錘が豊富→呼吸介助により肋間の可動性UP図れる


1994年の論文ではありますが、呼吸の知見がよくまとまっており、呼吸リハを見直す機会になりました。
呼吸について知りたい!という方は一読をお勧めします。


noteに書かれていることは
正しさや分かりやすさを
保証するものではありません。
内容をちゃんと知りたい、
という方はぜひ原著、原品をお目通しください。

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