見出し画像

chapter14. 岐路に立ち

中学生になった。

わたしは1組で、まりちゃんは8組。

わたしは超ショックだった。1年生は8クラスあって端と端だから行き来しにくいし、何より接点が少なすぎる!!

これはわたしがシスコンだとかそういう話ではない。(もちろん、まりちゃんのことは大好きだけど。)

わたしとまりちゃんは、小学生ですごい偉業を成し遂げたのだ。それは『マリとハルのだいぼうけん』。自由帳10冊におよぶ大作マンガで、まりちゃんとふたりで交互に描いて仕上げたのだった。

中学生になったら新作を描こう!と意気込んでいたので、わたしは春休み中シュミレーションをしていた。

もしまりちゃんと同じクラスになれたら、授業中にこっそりノートを回すことができるかもしれない。席順はきっと名前順だから、名字が同じわたしたちは絶対に近くに座れる。

もしまりちゃんと隣のクラスだったら、体育の授業が合同になるかもしれない。6年生の3学期に行った中学見学日で、この部分だけはしっかりと聞いて覚えていた。隣のクラス同士は合同体育をするって。もしそれなら、自由時間にこっそり話せるかも!!

だけどわたしの想定はここまでで終わっていた。例えばクラスが2つ以上離れるとか、そういうことは考えていなかったのだ。

だから、だから入学式の間中、わたしはずーっとそわそわしていた。早く終わらないかな。早く帰ってまりちゃんと作戦を立てなければ。

「1組、起立!!」

だからわたしはこんな号令を聞き逃しまくった。号令がかかってもひとりだけ座っているので、担任の先生に度々うながされ、次第には隣に立たれる始末。例えばわたしが2組だったら、1組が立ったのを見て気づくことができただろうに。(いや、それも無理だったかも……)

ホームルームが終わって、担任の先生に呼び出されて軽く注意されて、どうにかやりすごして走って家に帰った。

鍵を開けて家に入ると、まだまりちゃんは帰っていなかった。わたしは焦れて、自由帳に絵を描きまくった。

まりちゃんと描く新作のマンガは何がいいだろう。前はファンタジーだったから、今回はちがうものがいいだろうか。せっかく中学生になったのだから、学園ものはどうだろう。制服をうんと可愛くして、やはり今回もダブルヒロインにしようか。キャラクターは…………

時間も忘れて描いていると、玄関の鍵が2回、回る音がした。こういう音は聞き逃さない。

「まりちゃんおかえり!!」
「ハルコ、鍵閉め忘れてたよ」
「あ、ごめん」

そうか、マンガのことばっかり考えてたらすっかり抜けていた。小学生の頃から考え事をしていると何もかも抜けていってしまう。

わたしは待ちきれなくて、まりちゃんが手を洗っているところに話しかけた。
「まりちゃん、まりちゃん」
「ちょっとまってー」
まりちゃんはうがいをする。

大人しくリビングで待っていると、まりちゃんが入ってきたので
「まりちゃん!!クラス離れちゃったね!!」
「ね〜、声でかい」
「ごめん!」
まりちゃんはポケットからケータイを出していじり始める。中学生にあがるからってわたしも買ってもらったけど、使いどころがなくてずっと家に置いてある。

まりちゃんは何やら考えて、ケータイをいじっている。わたしは、後で話しかけることにした。



まりちゃんの「まって」は、ずっと続いていて、なんだかうまく話せない。いつもケータイを見ているし、テレビもよく見るようになった。話しかけると「ちょっとまって」と言われてしまう。
「ダメ」と言われているわけじゃないからわたしも待つんだけど、結局待ち疲れて寝てしまう。

部活動の相談も出来なくて、小学校の頃美術クラブに入っていたのだから、まりちゃんも当然そうだと思って美術部に入部したんだけど、まりちゃんは入ってこなかった。部活はやらないみたい。
わたしは新作マンガの構想を練り続けていた。放課後も、1学期が終われば夏休みの間も、まりちゃんが好きなストーリーと、わたしが好きなキャラクターを考え続けていた。




そんなこんなで2学期になってしまった。
まりちゃんは夏休みの間、よくどこかへでかけていた。夏祭りに行ったり、プールに行ったり。
わたしは結局、美術部の活動もそんなにあるわけじゃなかったから、週に1回か2回、美術部の人と顔を合わせて絵を描いたりして、なんだかそれだけ。
まりちゃんはもうマンガを描かないんだろうか。


いつものようにぼんやりと始業式を聞いていた。聞き流していた。校長先生の声は体育館の後ろの壁に当たって反響する。わたしの耳まで届かない。

ぼんやりぼんやりしていると、竹先生がわたしの名前を呼んだ。

ん?

美術部の連絡だろうか。でもなんでこんな全校集会の場で?

「岸本さん、呼ばれてるよ」
後ろに座っていた子がわたしの肩をたたく。
「え?」
すると担任の先生もやって来て
「岸本さん、早く早く」
とうながす。
何が何だか分からない。


先生に指示されてわたしは壇上へ向かう。どうして壇上?わたしは何かしたんだろうか。全校生徒の前で見せしめになるような何かを?わたしが??

頭の中が疑問符でいっぱいになりながらのろのろと壇上につくと、竹先生がにっこりと笑った。つられて一緒に笑ってしまう。この人の笑顔には引力がある。

「賞状、岸本ハルコさま。
あなたは本学の美術の授業において素晴らしい作品を制作したため、美術大賞1年生の部にて表彰いたします。」

え!!!!!!!!!!!!








…………そのあとのことは覚えていない。いつの間にか放課後になっていた。

ひとまず美術部に行くと、美術部の先輩や同級生(といっても6人くらいしかいない)が、「おめでとう!」と言ってくれた。

みんな気の優しい人なので、よかったね、すごいね、と声をかけ続けてくれて、わたしはやっと自分の手にしたものに実感が持ててきて「ありがとうございます」と言えた。

このとき同級生の千佳ちゃんが言った一言が、わたしの人生を変えた。


「はるちゃんはビダイに行くの?」



「え?ビダイ??」
「美術の大学」
「あ、その“美大“……」
「ほかに何があるのよう」

千佳ちゃんはくつくつ笑う。(わたしは、この子の笑い方はほんとうにかわいいと思う。)

「がんばってね、素敵な絵をいっぱい描いてね」
「……うん!!」



あとになって考えてみれば、千佳ちゃんは美大に行きたかったんだと思う。中学生で大学のことを考えているなんて、よっぽどのことだと思うから。
だけど彼女は行かなかった。看護の勉強をして看護師になったらしい、と人づてに聞いた。

もう疎遠になってしまったあの子の歩みたかっただろう道の先に、わたしはいる。

だけど、だけどこの道は、ほんとは、まりちゃんとくるはずの道じゃなかったんだろうか。



ふたり手をつないで、歩くはずの道だったんじゃないだろうか、


と、今でもふと考えてしまうのだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?