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鳥たちのさがしもの 26 エピローグ
ー僕たちはさがしものを見つけたー
**********
厚木で行われた弓道大会の後、鎌倉まで足を延ばして約一年半ぶりに五人で秘密基地へやってきた。雲雀の引退試合だった。主将は後輩に引き継ぎ、これから受験勉強が始まる。先日、孔雀もバスケ部を引退したばかりだった。そんな中、斑鳩は相変わらず軽音部を続けている。
イーグルの墓に手を合わせ、海が見渡せる岩場に腰を下ろすと、雲雀は真っ先に口を開いた。
「俺さ、獣医になろうと思うんだ。だから、大学は外へ出るよ」
「H大目指すの?」
燕の問いに頷く。あの、記憶が戻った日から、雲雀は鳥の絵を描き続けている。一枚一枚、その都度自分の気持ちを確認するように。
ほとんどがイヌワシの絵だったが、最近他の鳥や動物も描くようになった。そうしているうちに、鳥や動物たちのために何かがしたいと思うようになったのだ。
あの、イヌワシと五人の名前の鳥を描いた絵は、額に入れて部屋に飾ってある。
「そっか。実は僕も外に出ようと思ってる。K大の理学部に行きたいんだ」
「燕はやっぱり宇宙科学かあ。なんだよ、もしかしてみんな外に出るのか? 夜鷹はどうせT大だろ? ずっと情報工学って言ってたもんな。俺は残るぞ。俺の目標は音楽の世界だからな。孔雀は?」
「いきなり仕切るなよ。俺は……小学校の教師になろうかと思ってる」
孔雀の答えは意外だった。孔雀に視線が集まる。皆初耳だったのだ。
「はあ? いいけど、またなんで?」
「俺たち、小学校の頃、ちゃんと話を聞いてくれる大人がひとりでも居たら、あんなことにならなかったと思わないか?」
「……そりゃ……そうかもしれないな」
「だから、ひとりでもそういう大人を増やすために、先生になるんだ。バスケも教えてやれる。俺は特に優秀な生徒だったわけじゃないから、勉強ができないやつの気持ちも解るし、意外と向いてるんじゃないかと思ってるんだ」
「孔雀にまともに話されると調子狂う。……で? どこ行くんだ?」
「C大教育学部。実はもう推薦の話も通っている」
「なんだよ、相変わらずちゃっかりしてんな」
「堅実だと言ってくれ」
「夜鷹は?」
「斑鳩の言ったとおりだ。T大工学部。物理的に離れていても可能な限りリアルなコミュニケーションを取れる仕組みを作りたい」
「はあ。みんな優秀だな」
「あのな。うちの大学だって十分難しいんだぞ。そこキープしつつ音楽やってる斑鳩だって十分優秀だよ」
「ありがとう、雲雀は優しいな。そうだよ。俺は優秀になりたいわけじゃない。苦しい時に拠り所になるような曲が創りたいんだ。……でも、そうか、俺と夜鷹は東京だけど、結局皆ばらばらになるんだな」
「今度は大丈夫だよ。僕たちは離れていても一緒だ」
「そうだな。大学生になったらバイトして自由になる金も増える。お互い行き来したら、むしろ楽しいかもしれない。兄貴がそうだった」
空には、雲ひとつない。
時折見える波さえ無ければ、海との境界線すら曖昧になるくらいの一面の青だった。
「あれは、イヌワシだったのかな……」
燕がぽつりと呟く。雲雀も、同じことを考えていた。皆そうだったかもしれない。あの日以来、まともにその話をするのは初めてだ。しかし、心の中であの日のことを考えていなかったわけではないだろう。
「普通ならあり得ない。イヌワシは東京神奈川埼玉には生息していない。近郊ではかろうじて千葉に生息が確認されているがここまで飛んでくるとは思えない」
「相変わらず夜鷹はよく分からない知識持ってんな」
斑鳩が呆れたような声を出す。
「あの後僕、この辺りの古い伝承みたいなものを調べたんだ」
「はあ。燕もよくやるよ。で? 何か分ったのか?」
「ううん。ローカル過ぎてあんまり資料も残ってなかった。でも……」
「でも?」
「鎌倉に住んでいた詩人の詩を見つけたんだ。」
「詩?」
「うん。『鳥の歌』っていう詩なんだけど……」
茶色き鳥は大地を支え
赤き鳥は火を起こし
青き鳥は水を生む
緑の鳥は風を纏い
黄色き鳥は岩を宿す
岩より鳥は舞い上がり
やがてそれは光となる
「それだけか?」
「うん。それだけ。でもさ、なんとなく……」
「そうだな……」
五色の石を見つけたのはイーグルだ。あれが誰かが盗んで隠したものなのかどうかは結局最後まで分からなかった。
神社の人の話を信じるならば、石は必要な時に現れるらしい。
あの後、奥社からは再び石は消えてしまったのだそうだ。雲雀が社務所で休んでいる間に奥社の社殿を確認してきた人が教えてくれた。
”きっとどこかで何かが起こってお役目を終えたのでしょうね。”
その役目とは、雲雀の記憶を取り戻させることだったのだろうか。いや、それにしては石が出てきたタイミングがおかしい。そもそもあの石さえ出て来なければ、雲雀たちは記憶を失うようなことはなかったのだ。
イーグルも死ぬことはなかった。
燕が言ったように、イーグルは雲雀を救うために現れたのだろうか。もしそうなのだとしたら……
「イーグルは、イヌワシの化身だったのかもしれないな」
クリスは、死んでしまったものを生かすのは生きている人間だと言った。
世界の解釈も人次第だ。なんだかんだ言って人間は、自分の見たいようにしかものを見ることができない。
それならば、できるだけ綺麗な世界を見ていたかった。
「そうだね。だから、拾ってくれた雲雀を助けたんだ。一緒に居た僕たちのことも。……結局、確かに中学校の三年間は苦しかったけど、おかげで今僕たちは最高に信頼しあってる。もしあのまま普通に中学生になっていたら、それぞれの生活の中で、お互いの意味は薄れていたかもしれない」
「まあ、普通はそうなんだけどな」
「俺たち、やっぱり”化身”だったんじゃね? 秘密基地はアルカンの森の主の広場でさ。イーグルは光の戦士だ。俺たちの心に渦巻いていた闇を浄化しに来たってのはどうだ」
「おお、また斑鳩の得意技が出た。さすが詩人だな。いや、小説家にでもなれるんじゃないか?」
「うるせえ孔雀。さっきの真面目な孔雀君はどこ行ったんだよ。子供の話をきちんと聞く前に俺の話を茶化さず聞け」
「俺ほどお前の話を聞いて理解してきちんと突っ込める奴はいないと思うぞ? 俺が居ない間はさぞかし物足りなかっただろう」
斑鳩は一瞬言葉に詰まった。
「……もう、憶えてねえよ」
「”憶えてない”を普通に使えるようになったら、俺たちはもう大丈夫だな」
「夜鷹の言うとおりだね。僕ももう、憶えてないみんなを見て悲しくならない」
「……とりあえず、これで良かったんだよ」
締めくくるように斑鳩が言った。
「ねえ、五人で写真撮って、”Happy New Baby”のメッセージを添えてクリスに送ろうよ。僕、スマフォ用の簡易三脚持ってきたんだ」
「さすが燕、気が利くじゃん。賛成」
「じゃあ、みんなそっちに並んで」
皆、今日の空のように曇りのない笑顔だった。この写真を見ればクリスも安心するだろう。
伯父の死自体は事故だ。伯父が裁かれなければならない人間だったとまでは言えないが、自業自得な部分も多い。やましいところさえなければ逃げなかったのだから。雲雀の一番の罪は伯父の死を自分たちとは無関係なものにするために”証拠”を隠滅したこと。その罪の意識は、イーグルの代わりに動物たちの命を救ってやることによって少しは軽くなるだろうか。……ならないのかもしれない。それでもいい。
世の中には必然しかないという人も居るが、きっと反対だ。起きてしまった事実は変えられない。それを、どう解釈して意味づけして進んでいくかが重要なのだと雲雀は思う。それなら、過去を乗り越えて前に進もう。
それが、イーグルが教えてくれたことだ。
雲雀たちはひとつの大きな試練を五人で乗り切った。五人で、大切なさがしものを見つけたのだ。それは、これからの人生の大きな宝物でもある。
イーグルの眠っているあの場所で、多くの時間をイーグルと一緒に過ごした。狗鷲の岩の横顔を眺めながら。
目に焼き付いたその横顔がある限り、前に進んで行ける気がした。
あの狗鷲は、遥か彼方を見つめている。
そしてふと、自分がそれと対になる写真を撮ったことを思い出した。イーグルを狗鷲の岩に見立てて、七里ヶ浜側の海を写真に収めたのだった。
そこには、未来への展望があった。
「あ。あれ見て!」
燕が指差す方向を見ると、限りなく広がる青の中を小さな黒い影が大きく旋回しながら空へ登っていくのが見えた。
**********
少年は展望を探していた。氏神様へと続く参道。まだ設営されていない屋台が並ぶ。明日は大晦日。煤払いの焚火がはぜる音がする。ポケットの隅で忘れていた5円玉を賽銭箱に投げ入れる。柏手を打つと、猫が見あげた。
イーグル、俺たちは前に進むよ。どうか見守っていてほしい。
-鳥たちのさがしもの 了
五人の物語は……続くといいな。
雲雀
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燕
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斑鳩
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孔雀
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夜鷹
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イーグル(イヌワシ)
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※リフレイン
この物語はdekoさんの『少年のさがしもの』に着想を得ました。改めてdekoさんに感謝します。有難うございました。
鳥たちのために使わせていただきます。