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視覚調整が悩ましい

いま、PS4のゲームソフト『The Last of Us Part II』が話題になっている。衝撃的すぎるストーリーに前作のファンからは批判もあるようだけど、ここまで感情移入させられるゲームを他に知らない。デザインの面でも、パッケージやUIがどれもハイクオリティで、大ヒットゲームの続編たる王道感はさすがだと思う。

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ジャケットは前作から引き続き登場する主人公のエリー。般若の面って怒りに満ちた女性の顔がモチーフなんだよな、と改めて思わされる表情が印象的なのだが、今回取り上げたいのはタイトルロゴ。

デザイナーを悩ませる「揃え」の問題

タイトルロゴの書体は「Press Gothic」。かの有名な書体「Impact」に対抗して1967年に作られた「Metropol」という金属活字を、デジタルフォントとして復刻したものだ。これらのコンデンス書体、広告で使用することを想定してデザインされただけあって力強くタフな印象がある。それに、控えめな掠れ加工が(ありがちではあるものの)作品の世界観をよく表していて効果的だ。

このロゴでとりわけ特徴的なのは、細かく改行されている点。通常、縦に長いロゴって使いづらいけれど、PS4のパッケージでの収まりをみると納得。そして、こういう改行をする時にデザイナーの頭を悩ませるのが「揃え」の問題。

二行目以降のL、O、Pは左端が直線になっているため問題ないのだが、一行目のTは横棒が飛び出しているため、ここだけ不揃い感が出てしまう。この場合、行頭の視覚調整を行ううえで3つの選択肢がある。

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一つめは実際のロゴのように、Tの飛び出した横棒の左端で揃える方法。二つめはTの縦棒の左端で揃える方法。三つめは、その間。一つめだと右に引っ込み過ぎ、二つめだと左に飛び出し過ぎだと判断し、こういう選択を採る場合もある。

こんなときどうするか、Twitterの投票機能を使って多数決をとってみた。結果は65.4%対34.6%で「Tの縦棒の左端で揃える方法」がより多くの支持を得た。多くの人がオリジナルロゴの不揃いな行揃えに、違和感を覚えたということだろうか。

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きちっと揃えることを目的とするならば、Tの縦棒の左端で揃える方法が妥当だと思う。だが、データ上は確かに揃っているものの不揃い感の否めない実際のロゴも、作品の内容からすると適切かもしれない。泥まみれになりながらゾンビや人間や犬と戦うこのゲームのロゴには、ラフな質感が必要だからだ。そして、間をとる方法をtwitterの選択肢に入れるのを忘れてしまったことを今になって後悔しているのだが、この方法もアリ。データ上は揃っていないのだが、個人的には、3つの選択肢のなかで最も自然に揃っているように感じる。

投票してくださった方々がどういった意図で回答したのかが気になるところだが、それぞれの選択肢にそれぞれの効果があり、その中からどれを選ぶかなので、この選択に正解はない。ツイートした時点ではきちっと揃えるべきではないかと思っていた私も、本記事を書いているうちに揃えすぎないほうが良さそうだと思えてきた。正解のない選択って、気絶するほど悩ましい。

ロゴデザインにおける視覚調整

このような細かな視覚調整が必要とされる場面は、なにも行頭の文字を揃える時だけじゃない。GUのロゴは正円からそのまま切り出した幾何学的な形状で、発表当時、ちょっとデザインをかじったような人からは、視覚調整がなされていないとの批判があった。

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次にGoogleのロゴを見てみると、本来Gに加えるべき視覚調整のあり方がわかる。これも基本的に正円由来の形をしているが、線の折れたところが内側に少し引っ込んでいる。この処理をしないと、Gの右端はGUのロゴのように尖って見える。この細かな気配りに、信頼感が宿る。

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私は、どちらも正解だと思う。視覚調整がなされていないGUのロゴは見方によっては雑なのだけど、ユニクロよりもさらに価格を抑えたGUの商品のことを考えると、丁寧に視覚調整されていたほうがむしろ違和感があるというか、このざっくり感が安価でそれなりに良い品を届けるブランドのあり方にマッチしているように思える。思い切りの良い選択に脱帽する。

書体デザインにおける視覚調整

1926年に生まれ、現在も定番とされている欧文書体「Futura」は、ジオメトリック・サンセリフと呼ばれる幾何学的なデザイン。ぱっと見、oが正円に見えて実は違う。他にもtの横棒の左右の長さが違っていたり、視覚調整のポイントを挙げていくとキリがないのだが、見れば見るほど丁寧に作られていることがわかる。

細かな視覚調整がなされたこの書体を、製作者のパウル・レンナーは「セリフレス・ローマン」、つまりセリフのないローマン体と呼ぶ。この書体のルーツが構成主義ではなくローマの碑文にあることは、Futuraの大文字でデザインされたルイ・ヴィトンのロゴを見れば明らかだ。Futuraのタイムレスな魅力の秘訣は、ここにある。

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バウハウスの教官を務めたヘルベルト・バイヤーによる「ユニバーサル・アルファベット」は、幾何形態で構成された当時としては画期的なデザインの書体。書体のカテゴリ的にはFuturaと同じなのだが、文字としての洗練度はFuturaに遠く及ばない。同時期に生まれながら、Futuraが現在でも頻繁に用いられ(なんなら書籍の本文を組むのにも使われ)、一方でユニバーサル・アルファベットが歴史の遺物になってしまったのは、ニュー・タイポグラフィ思想による大文字の排除といった極端な姿勢のみならず、身体性に即した視覚調整がなされていないことも大きいのではないかと思う。

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思いやりの集積

ここまで文字の視覚調整について述べてきたけれど、こうした細やかな処理って、わかる人にしかわからない。ましてや、これからラスアス2をプレイするぞ、と意気込む人にとって一行目のTHEの位置なんてどうでもいい。そんなことより、プレイヤーがゲームの世界に没入して楽しんでくれることを製作者は望んでいるはず。

丁寧に視覚調整すればするほどノイズが消えデザイナーの手の跡が見えなくなるというのがタイポグラフィのツラいところではあるものの、これを生業にする者としては、この些細な思いやりの集積によって文字と人の、ひいてはゲームとプレイヤーの関係性が、少しでも幸福なものになることを心から願ってやまない。

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