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㍉派デザイナーの単位の話


感染症の影響で在宅勤務をし始めて、早一ヶ月。これまで忙しさにかまけて食べ物は外食とコンビニ弁当で済ませていたのだが、外には出れないし、時間はあるしで自炊するようになった。

オムライスが食べたくなり、クックパッドを開く。材料はお米2合、バター10グラム、牛乳大さじ2、玉ねぎ半たま、など。大さじって普通のスプーンでいいの? 10グラムってどれくらいなんだろう…。計量スプーンすら持っていなかった料理初心者の私はすっかり混乱してしまい、仕方なく目分量で作ったオムライスはイマイチであった。

単位で混乱するこの感覚、スポーツにもある。日本のプロ野球では球速をキロで表記するが、メジャーリーグではマイル。大谷翔平選手の投げる100マイルってどれくらい? ピンとこない。

デザインするときはどうか。デザイナーが使うアプリケーションAdobe Illustratorの環境設定パネルから「単位」の項目を確認すると、文字サイズを指定する単位は「ポイント」「インチ」「ミリメートル」「級」「ピクセル」の5種から選ぶことができる。私の身の回りには「級」を使う人が圧倒的に多いが、中にはポイントを使う人もいる。インチやピクセルを使っている人は見たことがないが、選択肢として存在しているということは、これを使う人もいるのだろう。デザインの現場も単位に関してはカオスである。

私がデザインをするときに使う単位は、できるだけミリで統一している。画像解像度を表すdpiや、紙の斤量を表すキロは仕方ないにしても、文字サイズ、行送り、線幅などは、ミリ。珍しいとよく言われるけれど、36級ってどのくらいのサイズ? と聞かれて、瞬時に答えられるデザイナーってあまりいないと思う。ミリメートルの感覚って、デザイナーでなくとも多くの人の身体に染み付いている。

これはエディトリアルデザインの事務所で身についた慣習なのだが、そこから離れた今も役に立っている。現在、サイン計画の案件をいくつか担当しているので、建築家とやりとりすることがよくある。建築家がみんなそうなのかは分からないが、構造物の寸法はもちろん、人間の身長も1700、とか1650、というように、ミリで話すことが多い印象。ミリが支配する建築図面の上にサインや文字を置くとき、やはりこちらが使う単位もミリのほうがすわりがよい。

そもそも文字を扱う際にのみ登場する「級」ってなんだろう。『タイポグラフィの基礎 知っておきたい文字とデザインの新教養』には、

昭和四年(一九二九)、森澤信夫と石井茂吉により世界で初めて実用化された写真植字機は当初はポイント制であったが、やがて(恐らくは戦後からと思われる)、メートル法に基づく級数による組版制御を採用した。」(『タイポグラフィの基礎 知っておきたい文字とデザインの新教養』より引用)

とある。次にWikipediaの「日本のメートル法化」の項を参照すると、

1959年(昭和34年)には土地・建物の坪表記を除き、メートル法が完全実施された。(Wikipedia「日本のメートル法化」より引用)

とあるので、日本でメートル法が根付いていく流れに印刷業界も乗ったのだろう。

1級は0.25ミリ。つまり、1ミリの1/4(Quater)だからQなのだ。「級」は当て字。写植の時代に生まれた日本独自の単位が、現在広く用いられているDTPにも受け継がれている。ミリ派の私も、0.25ミリ刻みで文字サイズや行送りを考える。

写植以前に日本で用いられた活字の規格には、初号から八号までの9サイズからなる「号数系」、活版製造所である弘道軒が独自に採用した「弘道軒号数系」、1886年からアメリカで使用され、日本にも伝わった「アメリカン・ポイント系」があったようだ。全く異なるこれらの規格が並行して使用されていたため、当時はなにかと悩みの種になったようだが、「戦時中の国家社会主義による業者統合と空襲が問題を一挙かつ強力的に『解決』した」そうだ。

なかでも当時の主流であった号数系は、初号を2分割したのが二号、二号を2分割したのが五号、というように、倍数関係で整理されたシステムが美しい。個人的には級やミリよりも好きなのだが、無限に拡大縮小できる現代のデジタルフォントをたったの9サイズに絞る必然性はない。

文字を扱う上での制約が限りなく少なくなった今、制約のなさゆえの不自由から脱するために、あえて写植級数表の中から文字サイズを選ぶとか、号数制の9サイズだけでデザインしてみる、というような実験は面白いかもしれない。だが、そうでもない限り、私としてはすでに我々の身体感覚に染みついたミリでデザインすることを推したい。ちなみに、職場の後輩デザイナーはミリ派に引き込み済みである。

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