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もう文字詰めなんてしないなんて、言わないよ絶対

まるごと一冊レタースペーシングについて書かれた本が出版されるらしい。グラフィックデザインの教科書的な本ではだいたい一見開きか片ページで済ませられるこの息の詰まるような地道な作業、その奥深さについて語る本って今までなかったかも。これを楽しみにしているデザイナーが多いようなので、この波に便乗して私なりにレータースペーシングについての思いの丈を書き連ねてみようと思う。

念のため説明しておくと、文字を用いてデザインする際に文字と文字の間のアキを調整する作業のことをレタースペーシングと呼ぶ。ただしこの呼びかたが個人的にどうもしっくりこないため、以降、ここでは「文字詰め」と表記。

文字詰めに目覚める

私が文字詰めを意識しはじめたのは、古本屋でたまたま手にとった昔の『デザインの現場』で、白井敬尚さんが装丁を担当した『タイポグラフィの領域』についての記事を読んでからだ。

この本はきわめてミニマルなデザインで、鮮やかな黄色の表紙は無地、文字要素は背表紙に印刷された書名・著者名・出版社名だけ。ぱっと見、普通のフォントが普通に組まれているようにしか見えないのだけど、一字ずつ文字サイズが僅かに変更されていることと、文字と文字の間が細やかに調整されていることがわかる図版をみて、タイポグラフィというのはここまでやるものなのかと衝撃をうけた。

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『デザインの現場 vol.89』より引用。

それからというもの、イラストレーターの操作を覚えたばかりの大学生は文字を扱うたび、それを上下に左右に反転し、色を変え、薄目で見て(これらは文字詰めの際に客観性を獲得するための常套手段)、えんえんと文字間を調整し続けるようになった。プロっぽくこだわる自分にちょっと酔ってたかも、と今では思う。

文字詰めから目が覚める

さて大学を卒業してグラフィックデザインの現場に出てみると、先輩デザイナーが10字程度の見出しの文字詰めにかける時間はわずか5秒であった。思ってたのと違う。

年4冊発行の季刊誌、月1の月刊誌、週1の週刊誌とさまざまな雑誌のデザインを経験したけれど、とにかく時間がない。とくに、週刊誌は編集者の圧を肌で感じながら普段の1.5倍くらいのスピードで行動、5メートル離れたところに設置されたプリンタまでダッシュで出力を取りにいくような空気感だから、字間を丁寧に調整する時間なんてない。いかん、これでは憧れていたタイポグラフィの真髄から遠くはなれてしまう。

少々脱線するけれど、高輪ゲートウェイ駅の駅名サインが明朝体でデザインされていることが話題になったとき、その文字詰めの甘さを指摘するネットの記事を見かけた。

文字詰めというのは文字と文字との関係性をよりよいものにするための作業なのだが、複数の要素どうしの関係性を調整するという意味では、ほかの駅はどこもゴシック体なのだからこの駅も同じくゴシック体で統一しよう、というような駅と駅との関係性や、緑の背景に白抜き文字ではコントラストが弱いから、細い明朝体では読みづらいのではないか、というような色と色との関係性など、サインをデザインするにあたり考慮すべき関係性は無数にある。そのなかで最もミクロな視点といえる文字間が全体の印象に与える影響って、皆無とは言わないけれど比較的小さい。

雑誌の話に戻るが、紙面のデザインをするにあたりまず考えなければならないのは、テキストに強弱をつけることで生まれる情報の構造だ。

クリエイションギャラリーG8での個展が記憶に新しいグラフィックデザイナー、木村祐治さんの紙面デザインは絶品である。興味のあるかたはぜひ、『和樂』『ミセス』『朝日新聞GLOBE』、あとコンビニでも売ってるdancyuのムック本を見てほしい。それぞれの文字が然るべきサイズで然るべき位置におかれ、時にに堂々と紙面に鎮座し、時に軽快に浮遊している。けれども、その紙面を細かく見ていくと、文字詰めに関してはけっこう、無頓着なようだ。

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『手ほどきdancyu 基本のい』より引用。

だからといって、その紙面の輝きは疑いようもない。木村デザインによる雑誌の紙面は、近寄ってじっくり見なければわからない文字詰めの良し悪しでクオリティが左右されるような、軟弱な構造をしていない。むしろ、文字詰めのラフさ加減がいいスパイスになっているというのは、言い過ぎか。

あえて、なにもしない

ここまで述べてきたように、偉大な先人達の仕事に影響を受けながら文字詰めに対してこだわってみたり、反対に無頓着になってみたりしたけれど、今年オープンした活版印刷と本作りをテーマにした文化施設「市ヶ谷の杜 本と活字館」のVIおよびサイン計画のデザインを担当した際は流石に力が入った。

活版印刷、写真植字、DTPと印刷環境が変化していくなかで少しずつリファインされながら受け継がれてきた秀英体。それを使ったVIとサインの文字詰めをするにあたり、目の肥えた人たちもきっと来館するだろうから、これは絶対に手抜きできないぞと息巻いて、冒頭で述べた手法を用い一世一代の文字詰めをする。

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上:実際のロゴ 下:ベタ組みであることがわかるように、ガイドを入れたもの

けれども最終的な仕上がりを見てもらえればわかる通り、このロゴタイプはベタ組みになっている。活版印刷は基本的に金属活字を隙間なく並べる「ベタ組み」でデザインするものだから、それをテーマにした施設のロゴがDTP的感覚で丁寧に詰められていたら変だよね……。ここぞとばかりに息巻いた私に、冷静にツッコミを入れてくださったクライアントに感謝。

おわりに

丁寧な文字詰めに宿る神の存在は疑いようもないけれど、あえて文字詰めをしないということがテーマと合致したり、何らかの効果を生むこともある。タイポグラフィを語るうえで、個々の状況を省みることなく前者を押しつけるのもよくないと思い、このような記事を書いてみた次第である。なので、もう文字詰めなんてしないなんて、言わないよ絶対……なんて、言えないよやっぱり(どっち?)。

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