「最高にたのしいおしゃべり」を考察する。
きのう久々に、友達とオンラインで話した。3人だったり2人だったりしながら、なんと5時間半話していた。
会わない日々のなかで一人悩んでいたこと、知らないあいだに乗り越えていたこと、嬉しかったこと。話題なんてもうあっちゃこっちゃ行きながらも、お互いが話したいことをひたすらしゃべり続ける時間がすごく久しぶりで、本当に、本当に楽しかった。
人と話して楽しいことはたくさんある。だけどこの、「なんかもう最高に楽しい!!」と思うこんなときって、なにが起こっているんだろう。
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お互いが向き合っている現実は別々である。その事実がはっきりとありながらも、共通のなにかに立ち向かっているような、共通のなにかを夢見ているような。
その感覚が、最高にたのしい!のだいじな要素なんじゃないかな、と思った。
逆のパターンの方がわかりやすいかもしれない。
相手の話をただ相手のそれとして受け止め、自分は自分の話をする。これが会話の通常モードだったりして、それが時々ちょっと寂しく感じてしまうのだ。
その安心が必要な時もあるし、へ~って純粋に思う楽しさや気軽さもあるけれど。そういうときってたぶん、あくまで自分と相手は完全に別々で、別々のまま共存している感じなんだと思う。
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最高にたのしい!な瞬間、私たちは決して同じではない自分と相手の考え方や体験を混ぜ合わせて、「自分だけ」でも「相手だけ」でもないなにかを一緒に見つめている。
そんなおしゃべりは、わたしも相手も無理に変えようとはしなくて、だけど話す前よりもっと、しっくりで、しなやかな、自分らしい視点を持たせてくれる。
そんな気がする。
もっとしょっちゅう、こんなふうにおしゃべりしたいな~とも思うけれど、たとえ年に数回でもこんな時間をくれる友達の存在が、ほんとうにありがたい。
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