87日目:あめ【雨】→掌編小説
あめ【雨】
空から降ってくる水滴
◆◆◆
パタパタと雨が窓を打つ音がきこえて、天気予報が外れたことを知る。
今日こそは職安へ行こうと思っていたのに。
わたしは脱ごうとしていたスウェットを着直し、ベッドに戻りスマホでYouTubeを起動した。
一日早く職探しをはじめたところで、なにが変わるわけでもない。
ピンポン。
しばらくして、インターフォンの無機質な音が鳴った。アマゾンの荷物かと思ったけれど、最近はなにも注文した覚えがない。荷物を送ってくるような人だって、わたしにはいない。
来訪者を無視してベッドに留まることにした。
ピンポン。
宗教の勧誘かなにかだろうか。
ピンポン。
しつこいな。
尿意にも急きたてられ、音を立てないように部屋を移動し、玄関の覗き穴からマンションの廊下を確認した。来訪者は諦めて去った後だったのか、そこには誰も立っていない。
これで、邪魔されずに済む。
トイレで用をたして、ベッドに潜ろうとしたけれど、空腹に気づいてスウェットの上にコートを羽織った。
傘を持ち玄関の扉を開けると、コンクリート張りの廊下には、濡れた足跡がぽつぽつとついていた。エレベーターから始まる滲んだ黒い足跡は、すべての部屋の前で一度立ちどまり、角部屋であるこちらに向かっていた。
やっぱり、なにかの勧誘だろう。
跡は、向かいの部屋で終わっていた。その部屋は、数ヶ月前に若いカップルが出て行ったきり誰も入居していない。
空き部屋にまでくるなんて、ご苦労なことで。
コンビニへ行くか、スーパーに向かうか。そんなことを考えながら廊下を歩いている途中で、ハタと気づく。足跡は、空き部屋の前で終わって、踵を返していなかった。
訪問者は、どこへ消えたのだろう。
エレベーターの階数表示は1階を示していて、わたしのいる5階に到着するのは時間が掛かる。
背後で、ガチャリと扉の開く音がして、全身の毛穴がぞわりとする。
エレベーターを待つか、走って階段へ向かうか。わたしはどうすればよいか分からなくて、開いていく空き部屋の扉を見つめながら、足が止まって動けない。
お読み頂き、ありがとうございました。 読んでくれる方がいるだけで、めっちゃ嬉しいです!