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ウクライナ出身の美術家イリヤ&エミリア・カバコフの塔が色を変えた

3月24日に東京・渋谷と新潟県十日町市をオンラインで結んで行われた「越後妻有 大地の芸術祭2022」の企画発表会で、旧ソ連・ウクライナ出身の美術家夫妻イリヤ&エミリア・カバコフ(現在は米国在住)の作品の紹介があり、心を打った。

「越後妻有 大地の芸術祭2022」の企画発表会でイリヤ&エミリア・カバコフ《手をたずさえる塔》(2021年)が映し出された様子。スクリーンの横で解説しているのは、北川フラム・大地の芸術祭総合ディレクター  (筆者撮影)

筆者が出席した東京・渋谷の会場のスクリーンに映し出されたのは、《手をたずさえる塔》と題された2021年の作品だ。塔は、青と黄色からなるウクライナの国旗の色にライティングされていた。「大地の芸術祭」のこの作品のウェブページには、「民族・宗教・文化を超えたつながり、平和・尊敬・対話・共生を象徴する塔を制作。塔上のモニュメントは、問題が生じたとき、良いニュースがあったときなどによって、色が変わる」と記され、ライティングされていない写真が公開されている。作品の完成は、2021年12月11日。その後ロシアによるウクライナ侵攻があり、まさに解説に記されていた内容が実行されたことになる。

認識の浅さを露呈してしまうが、筆者はカバコフ夫妻が旧ソ連出身の美術家であることを知ってはいたものの、ウクライナ出身であることを知らなかった。それゆえ、むしろロシア出身の美術家の痛みを勝手に感じるという、ちぐはぐな思いを持っていた。責められるべきは、軍事侵攻を実行している為政者であり、美術家のほとんどはむしろいたたまれない状況にあるだろうことを、カバコフ夫妻の作品を思い浮かべながら、想像していたのだ。

しかし、夫妻は旧ソ連のウクライナ出身で、その後米国籍を取得したことがわかった。現在の夫妻の胸中については生半可な想像しかできない。だが、旧ソ連時代に美術家として活動していた彼らは、文化統制下にあり自由な表現活動が認められていなかったという。作品に付された文言の中にある「民族・宗教・文化を超えたつながり、平和・尊敬・対話・共生」という言葉は、極めて切実なテーマとして心の中に存在し続けてきたのだろう。おそらく夫妻にとっては、こうした事態によって色を変えるような状況にはなってほしくなかったに違いない。

戦時下で芸術に何ができるか。直接戦争を止める力はないだろうが、人々の心に何かを訴えかけることはできる。塔を見る人々の思いはさまざまだろう。しかしまず、「思い」を持つことが大切だと思い知らされる。

イリヤ&エミリア・カバコフ《手をたずさえる塔》 越後妻有 大地の芸術祭 撮影:中村脩

◎越後妻有 大地の芸術祭2022
会期:2022年4月29日〜11月13日
会場:新潟県越後妻有地域
公式サイト:https://www.echigo-tsumari.jp/

※本記事は、eTOKI.artから転載したものです。

イリヤ&エミリア・カバコフ(旧ソビエト連邦/アメリカ)
イリヤは1933年、旧ソ連(現ウクライナ)生まれ。ニューヨーク在住。1950-80年代は公式には絵本の挿絵画家として活躍する一方で、非公式の芸術活動を続けた。80年代半ばに海外に拠点を移し、ソ連的空間を再現した「トータル・インスタレーション」をヴェネツィア・ビエンナーレ、ドクメンタ等に出展。1988年に、エミリア(1945年生)とのコラボレーションを始める。日本でも「シャルル・ローゼンタールの人生と創造」展(1999年)、「私たちの場所はどこ?」(2004年)、「イリヤ・カバコフ『世界図鑑』絵本と原画」展(2007年)等の個展を開催し、妻有では2000年「棚田」、2015年「人生のアーチ」を恒久設置した。2008年、高松宮殿下記念世界文化賞受賞(出典=大地の芸術祭ウェブサイト

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