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著者さんを軟禁した話

「〆切守れそうにないので、僕を軟禁してください」

ある日、著者さんに言われた。
確かに彼が「〆切守れなそうなタイプ」なことは、薄々感じていた。
なぜなら、彼の過去の作品&ブログ&ツイッター、そして今まで接してきた人柄を見ても、確実に「〆切を守れなそうなタイプ」なのだ。

だけど、そのゆる~い感じと、だらしな~い感じから紡ぎだされる文章が、なんともダルおもしろく、非常にいい塩梅のテイストになるので、私は彼に「エッセイ」を書いてほしいと依頼した。
それが、2年前。
脱稿の予定から1か月過ぎたころ、私は彼をオンラインで呼び出した。
約束の時間より1、2分遅れて、彼が入ってきた瞬間、
「本当にすみません!!! すみません!!!」
と先手謝罪。
「いえいえ、ここは責めても仕方がないところなので、原因と改善策、そして新たなスケジュールを組みなおしましょう」
「なんで終わらないんだろう…」
とつぶやくので、
「過信したんじゃないですか? エッセイなんて、1か月くらいで書き上げられると思って、ギリギリまで着手しなかったんじゃないですか?」
と、あえて厳しい言葉をぶつけた。

私は、彼がはじめて本を出したときの担当編集者でもある。
なので今後、「出版ってこんなもんだ」と思ってもらいたくないという気持ちが強く、言いたくないことも伝えるようにしていた。

彼はしばらく考えて、
「すみません、おっしゃる通りで、ブログのようにTwitterのように書けると思っていました」
「商業出版ですよ? 読者がお金を払って、あなたの文章を読んでくれるんですよ? なめたらダメです。でも、書けなかったということは、それがわかっているから、詰まったんですよね?」
「はい、わかっています。なので、あと1週間で書けるというような状態ではないんです」
と言うので、私はさらに数か月原稿締め切りを延ばすことにした。

同時に、私も反省をした。
著者と編集者は、二人三脚、一蓮托生でなければいけないのに、独りぼっちにしてしまったのかもしれない……そう思い、彼に謝罪をして、もう一度一緒に頑張ること、そして書けるよう、できる限りサポートします、と言ったのだ。

その結果が、冒頭の「僕を軟禁してください」オーダーなのだ。
お、おぅ……そう来たかと一瞬たじろいだが、こちらも本気を見せなければならないので、会社の会議室を7時間取り、彼をパタンと閉じ込めた。
私は、会議室のドアから一番近い席に看守のように座って、別の仕事をする。

セキュリティ上、ゲストが自由に出入りをすることができないので、
トイレに行くときは、私のカードキーを貸さねばならない(本当は同行しなきゃいけないのかな……)。
「すみません、トイレに行きたいです」
「はい、カードキー渡しますね」
この、会話が本当に看守っぽくて気まずい(独房のほうがまだ個室トイレがあるからいいのかしら?)。
私が、席を外したときに、彼が外に出たくなったら困るので、前もって「会議でこの時間はいない」など、知らせてその日は過ごした。

当然その1日でどうにかなるわけではないので
「すみません! また軟禁お願いします!!」
と「ご飯おかわり!」のテンションで、オーダーが入る。
激励の差し入れも、「コーヒーが飲めない」「ルマンドが好き」「じゃがりこも好き」など、だんだんわかってくるようになってしまった。

そして何とか原稿は脱稿、いま最後の仕上げの段階になってきている。
もう、この段階になると、私から「ゲラの確認も、軟禁します?」と連絡。
「はい! 軟禁お願いしたいです」
「会議室取らないといけないので、候補日をください」
「妻の予定確認して連絡します、子供保育園に預けなきゃなので!」
「御意」

――そう、この2年間で、彼は結婚し、お子さんも産まれ、
この軟禁は「妻公認」になってしまったのだ。

そして、明日はおそらく最後の軟禁日。
私は、彼にどうしても聞きたいことがある。

「なんで、”監禁”じゃなくて”軟禁”なの??」


もぅ! 自分に甘いんだからっ!!

4月にはきっと、私がほれ込んだ、ゆるくて、だるくて、おもしろい軟禁エッセイが刊行されると思います。

≪余談≫
次は、こっちの先生を軟禁だっ!




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