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価値共創の営業 vol.1.5: Value-based Selling研究の書誌分析アプローチ


  • 価値共創の営業 vol.0: 営業活動が届ける価値をサービスの観点から考える

  • 価値共創の営業 vol.1: Buyer-Sellar Relationship

    • 価値共創の営業 vol.1.5: Value-based Selling研究の書誌分析アプローチ

  • 価値共創の営業 vol.2: Value-based Selling

  • 価値共創の営業 vol.3: Key Account Management


noteの説明

最初に今回のnoteの目的です。このnote(合計4本+補足資料の今回1本、残り2本は9月最終週までに順次up予定です)で達成したい目的は、B2Bセールスに携わる皆さんが自分たちがお客様に届けられる価値って何だろうかと考えるきっかけとなり、それらを実現するための一つの参考図書的存在になることです。ここで説明される内容はスキルではなくマインドであり行動様式ですので、例えば業種やプロダクトが変わっても適用できる普遍的かつ土台となるものを目指します。

<<今回はマニアックな内容ですがご興味頂けると幸いです>>

価値共創の営業をテーマにnoteシリーズを作成しておりますが、この後に紹介するValue-based Selling (VBS)についてまとめるにあたって取り上げる研究論文の引用・被引用書誌分析をここで説明します。今回のnoteの目的は次のリリースであるVBSの研究背景や関連性を確認することで、重要な研究を理解し、noteの内容理解をサポートすることです。研究論文というものは、これまでに報告されている研究成果を参照して、不足している視点や新しい発見を積み上げていくことを目指しています。そのため引用関係の書誌分析を行うことでクリティカルパスになる研究の流れを把握することは重要です。VBSは価値共創の営業noteシリーズでも最重要テーマと位置付けておりますので、この分析を行うことでVBSの研究の歴史や価値、もしくは課題を把握できるようになるかと思います。


VBS論文の検索とリストアップについて

今回の文献検索はすべてElsevier ScopusとClarivate Web of Scienceを使い”Value based Selling”をタイトル、抄録、キーワードに保持する研究論文をリストアップしています。そのなかでB2Bマーケティングやセールス領域において多くの高インパクト(被引用の多い)論文を掲載しているIndustrial Marketing Management誌Journal of Business Research誌 (ともにElsevier)で報告される論文を中心にした14報についてフルテキストを読んでまとめます。取り上げている論文のリストは以下の通りです。

この分野ではUniversity of Turku (Finland)のDr. Terho, HarriとAalto University (FInland)のDr. Töytäri, Pekkaが第一人者として知られますが、その重要な文献がリストに含まれています。Terho H.は直近でもCRMやB2B Relationshipに関する研究論文を継続的に報告していますが、Töytäri P.はベテランで2019年以降は目立った研究論文出版がありません(Aalto UniversityのDr. Rajala, Ristoが同じ研究分野で活躍され、Terho H.との共著論文もあります)。


研究論文の引用関係分析①(対象とする14文献の関係性)

次にこの論文集合の引用・被引用関係を(Pythonで読み込めるように)リスト化します。具体的にはRef_1をRef_2が引用している場合に(Ref_1, Ref,2)というタプル形式で記載します。これを対象論文14報すべてに対して引用関係をまとめてリストに内包します。

例えば、、、

List = [('Ref_1', 'Ref_2'), ('Ref_1', 'Ref_3'), ('Ref_2', 'Ref_4'), ('Ref_3', 'Ref_5')]

というように文字列を作成すると, Ref_1はRef_2とRef_3に引用されていて、Ref_2はRef_4に引用されていて、Ref_3はRef_5に引用されているという情報になり、Puthon経由でこれを可視化するとこんな感じです。

ネットワーク図の例

リスト作成はScopusの検索結果を出力したCSVファイルと各文献の引用文献リストを出力したCSVファイルを使い、Excel上でリストとなる文字列を作成します(必要なデータセットの形式を決めてExcel関数で文字列を加工してますがExcelである必要はもちろんありません)。参照する文献すべてについて引用関係をまとめたリストをPythonにてGraphbizを使って可視化したものが以下の図です。この図を見ることでどの研究がどの研究を引用して発展しているかを視覚的に理解することができます。この時、ネットワーク図のnodeは”Ref_#, Year, First Author”として記載することでネットワーク図を作成した後でもどの文献を示しているかわかるようにしています。

VBS関連文献の引用・被引用関係図
(小さくて見にくいので是非拡大してみてください)

このネットワーク図の通り、Terho H.のRef_1 'It's almost like taking the sales out of selling'-Towards a conceptualization of value-based selling in business markets (2012)はすべての文献に引用される最重要文献であることが理解できます。この論文は、これまでのマーケティング活動におけるいくつかの価値創造の研究分野から発展してVBSを定義付けした最初の論文として多くのVBS研究の礎となっています。また、Töytäri P.の2015年の2つの文献(Ref_3, Ref_4)がそれを発展させてその後の多くの文献に引用されていることがわかります。さらにTerho H.が2015年に発表した文献も同様に自身の報告しているRef_1を発展させており、この4文献(つまりTerho H.とTöytäri P.を中心とした研究グループの研究成果)がVBS研究における重要な起点であり、これらを引用している文献を追う事でクリティカルパスとなるVBSの研究履歴を確認できることがわかります。
図の通り、Hinterhuber A.のRef_6がこれらすべての文献を引用し、かつ他の多くの文献に引用されているため、重要な研究成果であることが認識できます(すべてを引用しているという観点からはRef_5を経由したRef_9のパスも重要度は高いですが、ハブとして他のVBS文献への引用がRef_6を経由するパスに比べて弱いです)。その後Terho H.のRef_7、Keränen J.の2020年の2つの文献(Ref_10, Ref_12)を経由して最新のNijssen E.J.の研究(Ref_14)へと続いています。次のnoteではまず、この研究の流れを中心としてVBS研究の歴史についてまとめていきたいと思います。また、Classen M.の2019年の研究(Ref_11)もクリティカルパスのほとんどの研究を引用しており、こちらの重要度も高いとみられます。

VBS研究のクリティカルパス:
Terho H. (2012, Ref_1) >> Töytäri P. (2015, Ref_3, Ref_4) >> Hinterhuber A. (2017, Ref_6) >> Terho H. (2017, Ref_7) >> Keränen J. (2020, Ref_10, Ref_12) >> Nijssen E.J. (Ref_14)
Scopus検索結果を基に考察

Elsevier社以外から出版される論文以外では、Terho H.の最重要文献と同時期に報告されているTöytäri P.(2011)の論文、クリティカルパス上のKeränen J. (2020, Ref_10, Ref_12)両方に引用されるKienzler M. (2019)、クリティカルパス外の2つの文献に引用されるKindström D.(2015)が特に重要なVBS研究報告だという事がわかりました(かなり煩雑になるので、こちらはネットワーク図は省略します)。


研究論文の引用関係分析②(主要4文献の研究バックボーン分析・考察)

次にVBS研究の初期に基盤となる実績つくったTerho H.とTöytäri P.の4つの文献(Ref_1~Ref_4)が共通で引用している論文を確認します。その中でも特にVBS関連論文に引用の多いものだけをピックアップした図が以下の通りです。この分析によってVBSの概念、定義に影響を与えている研究バックグラウンドが確認できます。

 

Ref_1~Ref_4の重要文献が共通している研究論文
(小さくて見にくいので是非拡大してみてください)
Cite_209: Value in business markets: What do we know? Where are we going? (2005, Lindgreen A.)
Cite_247: The buying center: Structure and interaction patterns (1981, Johnston W.J.)
Cite_218: Customer value propositions in business markets (2006, Anderson J.C.)
Cite_182: Exploring the phenomenon of customers' desired value change in a business-to-business context (2002, Flint D.J.)
Cite_36: Evolving to a New Dominant Logic for Marketing (2004, Vargo S.L.)
Cite_139: Rethinking customer solutions: From product bundles to relational processes (2007, Tuli K.R.)
Cite_484: Purchasing higher-value, higher-price offerings in business markets (2010, Anderson J.C.)
Cite_313: Rethinking the sales force: Redefining selling to create and capture customer value (1999, Rackham N.)
Cite_168: Value-based differentiation in business relationships: Gaining and sustaining key supplier status (2006, Ulaga W.)
Cite_348: Dynamics of value propositions: Insights from service-dominant logic (2011, Kowalkowski C.)
Cite_485: The end of solution sales (2012, Adamson B.)
Scopus検索結果を基に作成

Cite_247のBuying Center(顧客の購買活動に関与するプレイヤー、Vol. 1の導入部分で少し触れています)以外は2000年代のB2Bマーケティングにおける顧客価値提案(Value proposition)に関する研究が多く引用されていることがわかります。またVol. 0で解説したS-Dロジックの重要論文(Ref_36, Vargo, 2004)やそれに関連した価値提案の研究(Cite_348, Kowalkowski, 2011)引用されており、VBS研究がS-Dロジックにおける価値共創概念に強く影響を受けていることがわかります。


研究論文の引用関係分析③(主要4文献からの発展、新しい視点のとりこみ)

この図に、さらにRef_1~Ref_4を引用している(つまりRef_1~Ref_4を基に発展した研究)VBS関連論文の関係性を付け加えてみると、先の文献リストからの直接の引用が無いことがわかります。つまり、ほとんどのVBS研究はRef_1~Ref_4を重要な起点として、それ以前の顧客価値提案に関する見解や問題点もVBS研究のコンテクストにおいてはRef_1~Ref_4の見解を重要視していると考えることができます。このことからVBSの研究ヒストリーにおいてRef_1~Ref_4の文献の重要性を再認識するとともに、Ref_1~Ref_4以外のVBS関連論文(Ref_5~Ref_14)は初期に提唱されたVBSの概念を踏襲しつつ別の視点を付け加えながらVBS研究の発展に努めていることが想定できます。Ref_5~Ref_14にて引用され、かつRef_1~Ref_4では引用されていない文献(出版年が新しかったり、他の視点を引用していると考えられる)は全部で534報(Scopus検索)あります。その中でもRef_5~Ref_14の研究の複数に引用されている文献は以下の3報です。これらの文献はVBSの発展に大きく寄与する視点を付け加えていると考えることができます。 

Cite_557: Barriers to implementing value-based pricing in industrial markets: A micro-foundations perspective (2017 Töytäri P.)
Cite_368: Transitioning from product to service-led growth in manufacturing firms: Emergent challenges in selecting and managing the industrial sales force (2014 Ulaga W.)
Cite_314: How business customers judge solutions: Solution quality and value in use (2016 Macdonald E.K.)
Scopus検索結果を基に作成

これ以外の引用文献のうち検索可能であったものについてキーワード分析を行ったところ、いくつかの特徴的なキーワードが見られました。すなわち、VBS研究をより実践的に発展させるにあたり近年の営業活動(もしくは、マーケティング活動)のデジタル化に伴うデータサイエンス的側面がキーになるようです。また、Vol. 0でもすこし触れたダイナミックケイパビリティが営業組織にVBSを浸透させるにあたっての組織学習もしくは新たなビジネス環境へ適応しながら営業成果を高めるための変革に対して重要な視点として取り込まれているようです。

Ref_1~Ref_4に引用された論文を除いたVBS関連論文の引用ネットワーク
(小さくて見にくいので是非拡大してみてください)


このnoteのまとめ: VBS研究の俯瞰図

ここまで見てきた内容をまとめると、以下のように表すことができます。すなわち、VBS研究はB2Bマーケティングにおける価値創造を買い手と売り手の関係構築から見出される”使用価値(Value-in-use)”の提案として、S-Dロジックの”価値共創思想”を取り込みながら実践するセールス戦略を目指して定義付けされたと言えます。そしてVBSの実践は顧客価値の定量化や価格設定としての価値の提示(Value-based pricing)、顧客志向の重要性や営業パーソンの継続的な学習意欲といったコンピテンシーの充足と、Dynamic Capabilityの考え方を参照した販売組織変容の起爆剤、新時代のスタンダードとしての浸透、教育の重要性を説きながら、営業組織がより実践的に取り込んでいけるように展開されていることがわかります。一方で、VBSは高度なコンピテンシーを必要とすることや、顧客の購買志向(例えば価格などの取引的な項目を重視するような方針)、取り扱うサービス形態によっては適切なセールスアプローチではないと考えられている部分に限界と難しさが残っていることも触れられています。
しかし、Terho H.の論文(Ref_10)に示される言葉を参照すると、変化が激しく危機的な購買環境に面しているB2Bビジネス関係においてこそ、価値起点のコミュニケーションは重要であり、買い手のビジネスを強力にサポートし、買い手と売り手の関係性を高める手段として期待できます。次のnoteにてより詳細にVBSの研究論文を読み解きながら、どのように我々の日々のセールス活動に活かせるかを考察したいと思います。


参考文献

Adamson, B., Dixon, M., & Toman, N. (2012). The end of solution sales. Harvard Business Review, 90(7-8)

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Anderson, J. C., & Wynstra, F. (2010). Purchasing higher-value, higher-price offerings in business markets. Journal of Business-to-Business Marketing, 17(1), 29-61. doi:10.1080/10517120903000363

Classen, M., & Friedli, T. (2019). Value-based marketing and sales of industrial services: A systematic literature review in the age of digital technologies. Paper presented at the Procedia CIRP, , 83 1-7. doi:10.1016/j.procir.2019.02.141

Flint, D. J., Woodruff, R. B., & Gardial, S. F. (2002). Exploring the phenomenon of customers' desired value change in a business-to-business context. Journal of Marketing, 66(4), 102-117. doi:10.1509/jmkg.66.4.102.18517

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